第24話 彼女と留守番Ⅱ


重い重い扉の閉まる音がした。

すっかり賑やかさを失ったその部屋に一人、私は佇んでいた。

思えばとても奇妙な状況だ。本来の部屋の主ではない者が、一人で部屋に居るのだから。あの人が去った玄関をしばらく眺めた後、私は部屋へと戻った。あの人のいない部屋が異様に広く静かに感じられる。ここに来てから一週間以上、私の日常にはあの人がいた。そんな生活が私の当たり前になっていた。ほんの一週間前までは考えられないような生活だ。私は静けさに耐えかねて、テレビに電源を入れた。

この時間はニュース番組しかやっておらず、私のニュースが今日も報道されていた。多分この先もこの事件が進歩することはないのだろう。そして、近隣の住民の不安が晴れることは無いのだろう。私の耳の奥で、あの日の悲鳴が反響する。あれが普通の人の反応なのだろう。だって、死とは人間が最も恐れることなのだから。それならば、私は普通ではないのだろう。それは分かっているから別にいい。でもあの人は?

私は居心地の悪さを感じてテレビの電源を落とした。

再び静寂が部屋を覆った。雀の鳴き声と、カラスの叫び声が飛び交っている。

そんな空気に耐え兼ねて、私は昨日のことを思い返す。昨日は、初めてあの人と大家さん以外の人とまともに喋った。名前は、確か萌黄‥‥さん。年は私の一個下くらい。何故か最初から敵意むき出しな態度だった。いや、何故かではないか。理由は火を見るよりも明らかだ。彼女が「お兄さん」と慕う、あの人のことだ。

会うなりいきなり「お兄さんのことどう思ってるんですか?好き、何ですか?」なんて聞かれたら誰でも驚くだろう。でも、その行動だけでも彼女があの人をどれだけ慕っているか分かるし、分かりやすく嫉妬して、意地らしく思う彼女の姿は年相応の可愛いらしい印象を受けた。

だからきっと、あの人と一緒に暮らす私が気に食わないんだろう。

じゃあ、私はあの人のことをどう思っているのだろう。

萌黄さんの前では「恩人」なんて答え方をしたけれど。本当のところはどうなんだろう。いや、嘘はついてないか。実際、私はあの人のことを恩人だと思っている。本人には絶対に言えないけど。でも、それだけでは何かが足りない気がして落ち着かない。

それじゃあ、彼女の言う通り私はあの人のことが好‥‥。

その言葉が頭の中に浮かんだ途端、体温が上昇していくのを感じた。熱い顔を扇ぎながら私は私の考えに蓋をした。

違う違う!私の気持ちはそんなのじゃない。だって、私はそんな感情を抱いていい人間じゃないから。それにもし仮に、「仮に」の話だけど、私があの人にそんな感情を抱いてしまったとしたら、それは卑怯で自分勝手な最低な事だ。

だから私はあの人を好きなるわけがない。なってはいけない。

そう自分に言い聞かせるたびに、心が縮こまって、どうしようもなく寂しくなった。

このどうしようもなく広い空間を、とてもゆっくりと時間が流れている気がした。

 そんな空気に耐えられず、私は意味もなく冷蔵庫の中にある昼食を確認した。ラップの掛かった皿の中には炒飯が盛られていた。

 別にお腹が空いているわけではない。むしろ空いていてほしかったと思うくらいだ。

 私は意味もなく開いた冷蔵庫の戸を閉めて、再び自分のベッドに横たわった。

 退屈だ。あの人のいない時間が、今ではこんなに寂しいだなんて思ってもなかった。

 ああ、早く帰ってこないかな。私はそんな気持ちをわざとらしく、大きなため息に乗せて吐き出した。

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