第19話 彼女と掃除

 ――翌日。

 昨日はどうなることかと思ったけれど、今もこうしてここで過ごすことができている。俺はそんな喜びを朝日と共に、全身で感じた。

 さて、そろそろ現実に戻ろう。俺は朝日に背を向けて、部屋の中を一瞥する。

 そこには、見るも無残な汚部屋が広がっていた。

 「部屋、片づけるか‥‥」

 元々、こまめに片づけるタイプじゃない俺の部屋はさほど綺麗ではなかった。それがルビアの同居も相まって、みるみる部屋の汚さが加速していった。最近は、大きな買い物もあったせいか、その残骸が部屋には散らかったままであった。

 俺はルビアの寝顔を見つめる。

 「んん‥‥」

 そろそろ起きそうだな。起きたら手伝ってもらえるか、相談してみるか。


 「ってことで、掃除を手伝ってくれませんか」

 俺は朝食中にルビアに直談判してみた。

 「別に、良いけど‥‥」

 存外、素直に了承がもらえたことに俺は驚きを抱いた。

 最悪、土下座まではしようかと思っていたんだけど。

 「アンタ、自分の今の恰好見えてないわけ?」

 自分の恰好‥‥何だ、もう土下座してるじゃん、俺。というか、最近俺の土下座安くない?

 「で、何をすればいいわけ?」

 「まあ、せっかくだし全部まとめてやっちゃいたいかな」

 「分かった」

 すんなり返事をして、ルビアの視線はご飯へと落とされた。

 どこかソワソワしているように見えたけど、気のせいか?

 「じゃあ、ご飯食べ終わったら掃除始めるか」

 「うん」

 そんな感じで、朝食を済ませてから俺たちは掃除を始めることになった。


 「さてと、まずはこの散乱しているゴミを捨てるか。ルビアは、そこの燃えるゴミの袋にゴミを捨ててくれ。分かんなかったら俺に聞いて」

 「わ、分かった」

 俺はテキパキと、段ボールをたたんで重ねていく。

 それにしても、一体だれだ?こんなになるまでほっといたやつ。何で買ったばかりのマットレスがゴミに囲まれているんだ?

 実家にいるときはいつの間にかゴミが片づけられていたが、多分母さんが片づけてくれていたんだろうな。母親代わりじゃないけど、一人暮らし、ましてや扶養者を抱えて初めて、家族という存在の大きさに気付かされる。でも、なんかそう思うのは癪だ。あんな親だからだろうか。

 「ふう、段ボールは大体まとまったか」

 ルビアの様子を見てみると、めぼしいゴミは大方捨て終わっていて、分からない物は綺麗にまとめられていた。なんか、やけに手際が良くない?

 「ねえ、次は何処をやればいい?」

 「そうだな‥‥じゃあお風呂場とかやってもらえるか?」

 「分かった」

 そのまま、トタトタと風呂場の方へと消えていった。

 うん、なんか話早くない?すんなりとかいうレベル越えてるんだけど。もしかして、意外と掃除好きとか?

 なんだろう。新たな一面が分かるのってすごい嬉しいな。そう思うと、普段あまり好きじゃない掃除も、なんだか楽しく思えてくる。

 「俺は床掃除でもするか」

 掃除機を引っ張ってきて軽く辺りを走らせる。だが、掃除機は普段からかけてるからか、そんなに変化はなかった。そのまま雑巾を水に濡らして、俺は床を拭いた。

 「あれ?何だこのシミ?」

 見覚えのないシミがそこには出来ていて、こすってもこすっても全然落ちない。

 こんなシミ前には無かったし、これあんまりよろしくないよな。

 「全然取れないんだけど」

 「どうかしたの?」

 俺が困り果てていると、洗面所からひょっこり顔をのぞかせたルビアが声を掛けてきた。

 「あ、いや、実はここの床のシミがなかなか落ちなくてさ」

 「どれ?」

 ルビアは、そのままこちらの方によってきてそのシミを見つめた。

 「何かタオルとかある?それをお湯で浸して」

 「ん?分かった」

 一体どうするというのだろうか。俺はそのまま彼女にいうことに従って、湿らせたタオルを用意した。

 「ん、ありがとう。これをシミの上で置いて暫く放置しておくの」

 「ほうほう」

 そのまま時間を空け、様子を見に行った。

 「そしたら、洗剤を使って拭き取ると‥‥ホラ」

 「おお!ホントだスゴイ落ちてる」

 なんだその裏技、凄いな。というかなんでそんなこと知ってるんだろう。

 「ふふん!そうでしょ」

 エッヘンと可愛らしい胸を突き出して、誇らしそうにしているルビアを俺は眺めていた。

 「どんな汚れでも、時間をかけて落とせば落ちない汚れなんて無いんだな」

 まあ、ルビアの裏技を以てしても、俺の心の汚れは落とせなかったみたいだが。

 「そうなの!」

 「それにしても、何のシミだったんだろう」

 「多分、血」

 「チーネ!」

 そんなサカナクションみたいに言われても「チーネ」しか出ないよ‥‥。いや、チーネって何?

 ルビアのカミングアウトは、鳥肌だけで空を飛べるレベルだった。

 本当は「誰の、何の」が聞きたかったが、そこには触れてはいけない気がした。というか、怖くて触れられなかった。

 「何その新しい返事の仕方は‥‥」

 「お次は、どこを掃除すればいいでしょうか」

 「え、何で私?まあ、玄関とかすればいいんじゃないの?」

 「イエスマム!」

 「ま、マム‥‥?」

 俺は、そそくさと玄関の方に退避した。いやだって、自分家に殺人犯と血痕あったら逃げるでしょ、普通。怖いもん、普通に。

 まあそんな冗談は抜きにしても、やけにルビアの手際が良くないか? 終わった後にでも聞いてみるか。

「玄関終わった?」

「終わりました」

「じゃあ、こっち来て窓拭いて」

「はい」

窓を拭いてる最中に気づいたけど、なんかいつの間にか立場変わってね?


最後は二人で一緒に、窓の内外を拭いた。

俺は彼女の拭く手をなぞるようにして拭いた。

それを嫌がって逃げようとする彼女を、また追いかけて。ガラス越しに文句を言われたけど、何も聞こえなくて。それが面白くなって笑いあって。

そんなくだらないやり取りを楽しみながら、ようやく俺たちの掃除は終わった。

午前中に始まった掃除も、気付けば夕方になっていた。

「そういえばさ、ルビア。なんか、やけに手際が良くなかった?」

「え‥‥そうかな?」

「そうだよ。掃除得意なのか?」

「得意っていうか、――お母さんに教えてもらったの」

お母さん。彼女の口から聞くのはこれで二度目か。やっぱり、母の話をする彼女はいたって普通で、むしろ楽しそうに話している。

「そっか。じゃあ、お母さんは掃除上手だったんだな」

「うん!」

今までは、不用意に彼女の過去に触れることは避けてきた。それは、彼女を傷つけてしまうんじゃないかとそう思って、聞くのを躊躇っていた。

でも、楽しそうに話す彼女の母の話なら聞いても良いんじゃないか。

それに、今日までで俺と彼女の距離は少なからず縮まっていると思う。

だから、今なら。

今なら彼女の過去に、一歩、踏み込んでも良いんじゃないか?

「‥‥‥なあ、ルビア」

「何?」


「――ルビアのお母さんってどんな人だったんだ?」

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