第18話 彼女と同居

 「ただいま」

 「‥‥‥おかえり」

 俺は、返事が返ってきて少し驚いてしまった。

 けれど、そんな驚きも喜びがすぐに塗り替えてしまった。

 「話し終わったのか?」

 「うん」

 俺はあの後、大家が帰ってくるのを待ってから帰宅した。

 だから二人がどんな会話をしていたのか何も分からなかった。

 「どうだった?」

 「とりあえず、ここに住むのを認めるって」

 「そっか!良かった~」

 俺はひとまず、その事実に安堵した。

 本当はどんな話をしていたのか気になってしょうがなかったが、とても聞ける雰囲気ではなかった。

 それは、いつものルビアのように見えて、でもどこか少し寂しそうな、そんな表情をしていたから。

 何か言った方が良いのかもしれないけど、何を言えばいいか分からない。

 好きな人を目の前にすると、不器用になってしまう恋愛漫画の主人公の気持ちが、今は少しだけ分かる気がした。

 そんな状態のまま、俺が戸惑っていると、ルビアの方から俺に話しかけてきた。

 「ねえ」

 「な、何だ?」

 「外出、しても良いよ」

 「はぇ?」

 え?今なんて言った?外出がどうとか言ってなかったっけ。

 俺は、耳を疑うような言葉を耳にして呆然としてしまう。

 「え、今なんて言った?」

 「だから、外出しても良いよ」

 聞き間違いじゃなければ、今外出しても良いよって言った気がするんだけど。

 「もう一回言ってもらっても良いですか?」

 「だ・か・ら!外出しても良いって言ったの!」

 うん、やっぱり何回聞いても外出しても良いにしか聞こえない。

 だが、そんな訳ないと思っていた俺は、自分の耳の方を疑った。

 「あともう三回くらい言ってください」

 「あんたが外出たくないのはよく分かったわ」

 「待って待って!ごめん、ちょっと信じられなかったから。だって、今まであんなに渋ってたのにいきなり外出オーケーって言われると驚くっていうか‥‥俺何かしたわけでもないのに」

 やっぱり、大家さんとの会話で何かあったとしか思えない。それ以外に心当たりがない。

 「別に、気が変わっただけ。アンタが働かなきゃ私の生活の質が落ちるから。それだけ」

 「なんだ、そういうことか。じゃあ、精一杯稼がないとな」

 今は、そういうことにしておこう。その理由が違うってことくらいはなんとなく分かる。殺人犯の彼女が俺を外に出すのはデメリットしかないはずだから。

 それでも、少しずつ彼女の信頼が増しているのは間違いないから。今はそれだけ分かっていれば良い。

 そんくらいで飲み込んでおこう。

 「‥‥‥でも、必要な時以外は極力ここに居て」

 「!」

 俺は彼女の不意な発言にドキドキしてしまう。

 そんな顔がバレないように、咄嗟に彼女から熱くなった顔を逸らした。

 落ち着け。分かってる、分かってるぞ。あくまで監視としてだ。自惚れるなよ、俺。‥‥分かっているけど、そういう意味じゃないと分かっていても、嬉しくなってしまう。俺ってこんなに単純だったっけ?

 いや、多分彼女だからか。

 思えば、彼女との生活が始まってからこんなことばかりだ。

 彼女は常に、今まで知らなかった自分に出会わせてくれる。

 彼女と過ごす一日一日が新鮮で、まるで初めて見る景色の様に、輝いて見える。灰色だった俺の日々を、鮮やかに染め上げてくれる。

 俺が知りたかったものは、こんなにも素晴らしいものだったのか。そう教えてくれる。

 今日一つ大きな壁を乗り越えて、より一層彼女のことを知りたいと思った。

 一つ彼女のことを知るたびに、十彼女のことを好きになる。

 こんな感情に出会わせてくれた彼女はまるで――。

 いや、普通の出会いならきっと、天使だとか気持ちの悪い例えをしていたのだろう。

 でも、俺たちはそうじゃない。そんな綺麗な出会いじゃない。

 もっと、ドス黒く、真っ赤で、薄暗い。彼女は殺人犯で、俺は第一発見者。


 だから、俺にとって彼女は死神だ。

 

 今までの俺を殺して、新しい自分になり、これまでの景色を、その美しい鎌で切り落として、新しい景色を見せてくれる。

 「ハハッ」

 うん、やっぱりこっちのほうがしっくりくる。俺はそのことについつい笑みがこぼれた。

 「なに笑ってるのよ、気味悪い」

 「悪い悪い。――改めてよろしくな」

 俺は今日から、そんな死神と同居する。今までも同居と言われればそうなのだろうけど、今までは監視対象としての監禁だった。

 だから、外出してもいいと言われた今日からが本当の意味で、同居なんだと思う。

 そういう意味を込めて、俺は敢えて改めた。

 彼女にそれが伝わっているかどうかは分からないけど。

 「‥‥‥何、急に気色悪い」

 なんか、悪口のグレードが上がってるんですけど?

 まあ、伝わってなくてもいい。これは勝手な俺の考えだから。

 「    」

 彼女が何か言ったような気がした。

 気になって振り向いても彼女にそんな素振りは無かった。

 何を言ったか分からなかったけれど、「こちらこそ」なんて言っていたら良いなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る