第12話 彼女とゲーム
久しぶりに心地の良い睡眠が出来た気がする。
俺は間隔をあけてベッドで眠っているルビアを見る。
彼女との奇妙な同棲生活も今日で丁度一週間目であった。彼女もまた新しい寝具のおかげかぐっすりと深い睡眠に包まれているようだった。
俺は彼女が目を覚ます前に朝食の支度をすることにした。
朝食の匂いに誘われて、彼女はくるまっていた掛け布団を引っぺがした。
そんな光景も、日常の光景のような感覚を抱いた。だからだろうか。気が抜けてしまったのは。油断を生んでしまったのは。
そんな非日常を、日常へと落とし込んでしまったから、溶けて曖昧になって、線引きが薄れてしまって、今まで気を付けてきたある行動をしてしまった。
「身元不明の遺体が発見されてから一週間、未だに犯人も遺体の身元も確認されておら――」
俺は、慌ててチャンネルを変えた。けれど、平日のこの時間はどこもニュース番組ばかりだった。どこの局でも、彼女の話題で持ちきりだった。
しまった、何で油断していたんだ。今まで「この話題」だけは触れずに通ってきたのに。
もちろん、忘れたいわけでも、無かったことにしたいわけでもない。それでも、この場所だけでは、せめてここでは、そんなことを考えずに過ごしてほしかった。だからこそ避けてきた。
俺は、失態に肩を落とした。そして、恐る恐る彼女の表情を伺う。
だが、彼女はそんな俺を意に介せず、黙々とご飯を食べ進めていた。
「へえ、こんなに報道されてるんだ」
「あれ?ルビアは気にしてないのか?」
正直、ここまで無反応だと逆に不思議に思う。もしかしたら、「気にしてない」というベールを装っているだけなのではないか、と。この場合の普通は分からないけど、少しくらいは動揺するんじゃないのか?
「何で?まあ確かに、ここまで大きくなってるのは驚いたけど、でも、今ここでの生活が私の全てだから」
「――そうか」
俺は、彼女から顔を逸らした。逸らさざるを得なかった。彼女に俺の動揺が伝わらないように。
ああ、良かった。彼女の言葉は容易に俺の心を揺さぶった。俺は、彼女の居場所にちゃんとなれていた。
「なあ、ルビア」
「何?」
「ゲームってしたことあるか?」
「……無いけど、何?」
ギロッと、ものすごい顔で睨みつけてくる。いや、別にからかうつもりは全くないんだけど。俺は、彼女が暇を持て余しているんじゃないかと心配していた。
学校に行っておらず、何も持ってない彼女にとって、睡眠を除いた16時間は退屈で長い時間のように思えた。それに、朝はああ言っていたけど、少しは気にしていると思うし。
俺の家にはテレビゲーム機がある。これで、彼女が少しでも喜んでくれればいいのだけれど……。
「やってみるか?」
「アンタがやりたいなら…」
「そっか、じゃあやろう」
素直じゃないな。とは口にしなかった。したら、本当にやってくれなそうだし……。まあ実際、俺自身、彼女とゲームしたかったっていうのもある。
俺は数あるゲームの中でも比較的誰でも楽しめそうな、赤い帽子と立派な髭をこさえた陽気なおじさんがカーレースするゲームを選んだ。
俺は軽く彼女に操作を説明する。
「このボタンがアクセルで、コッチがバック。そんで十字ボタンで方向、アイテムって言う便利な奴取ったら、ここで使える。まあ、そんな感じで分かんなかったら、俺に聞いて」
「……う、うん」
彼女は、見たことない機会に戸惑っている様子だった。
まあ、やってみないと分かんないだろ。そう言って俺は少し、強引にゲームを始めた。それではまってくれればいいなと思って。
案の定、最初の方は、ゲームにならないくらいのプレイだった。同じ場所で五回くらいコースアウトしたり、自分で投げたバナナに自ら特攻したり、雲に乗った亀が「利息が付きます」と言わんくらいにくっついてきたりとそんな感じで。まあ、その亀に「何だお前!いつまでついてくるんだ!」と文句言ってて、凄い可愛かったけど。
それでも、彼女が一回も投げ出さなかったのは意外だった。なんなら、最後の方は俺と争うくらいにまで成長していた。
気付けば、夕飯の支度を開始するような時間になってしまっていた。彼女がここまで楽しんでくれてよかった。何より、俺も人とここまで遊んだのは久しぶりだったから楽しかった。これで、彼女の退屈が紛れてくれるといいのだけれど。
彼女は、しばらくゲームに夢中になっていた。うんうん、いるよね体が動いちゃう人。ルビアは体を右へ左へ動かしながらレースしていた。
俺はそんな彼女を横目に、夕食の支度を進めた。
ふと彼女の動きが止まった。
「……ねえ」
「ん?」
「……また、一緒にやってくれる?」
「――ああ。ま、次は勝てるようになってるといいな?」
「う、うっさい!ご飯終わったらまたやるから!絶対ぶっ殺す!」
「いや、このゲームでどうやって!?」
うん。ゲームを勧めて良かった。俺は、今日また少し彼女と仲良くなれた気がした。
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