第11話 彼女と寝床

「なあ、ルビア」

「何?」

「大学に行ってもいい?」

ばちこーんと、ウインクをして、せめてもの愛嬌を添えてお願いしてみる。

が、むしろそれが逆効果だったようで、彼女の顔は殺意に満ち満ち、ゴミを見るような目をしていた。

「ダメ。キモい、うざい、ゴミ、使い古した靴下以下」

「最初のやつだけでいいのでは?」

うっかり傷つくところだったよ?

当たり前のように、お願いは却下されてしまった。

「なあ、大学――」

「絶対ダメ。アンタ、最近私のことちょろいと思ってる節あるから言うけど、私はアンタを監視してる立場なの。そうやすやすと自由に行動できると思わないで」

確かに、彼女言うことは至極真っ当だ。

これ以上言うと、彼女を刺激しかねない。ここはおとなしく引き下がろう。

俺は説得を諦めて、大学に欠席の連絡を送った。


午前十時三十分。

インターホンが部屋に響いた。

昨日の買い物で頼んでいた、マットレスが家に届いた。なんと、ソファーにもなる万能機能付きの優れもの。

「うわあ、ふかふかだぁ」

「うんうん。気に入ってるとこ悪いけど、それ俺のな?」

そう言った途端、スッとルビアの顔から笑顔が消えて、無言で俺のベッドを指さした。

おい、その「嘘でしょ?こんなベッドを使えっていうの?」みたいな顔やめろ。一年間寄り添ってきた相棒だぞ。

でも、確かにルビアの言い分は分かる。この安物のベッドの寝心地は良くない。対して、新しい低反発マットレス。この感触を知らなかったあの頃にはもう戻れないだろう。これからは真の睡眠に出会えるかもしれない。さらば腰痛。

感動に浸っている俺とは反対に、すっかりルビアはむくれてしまっている。

「まあ、そんなに拗ねるなよ。別にルビアが使うわけじゃないんだから」

「どういうこと?」

「多分、もう少ししたら分かるかな。インターホンが鳴ったら、洗面所にでもいてくれるか?」



――ピンポーン

「来たかな‥‥‥はーい」

俺は、ルビアが洗面所に身を潜めたのを確認してから、玄関で手続きを済ませた。

「それでは、こちらはここに設置いたしますね」

「はい。お願いします」

どさっと、大きな荷物が十畳の部屋に陣取った。主張の少ない真っ白でシンプルなベッドも、新旧二つ並べば異様な存在感を放った。

「では、こちらは回収ということでよろしかったですね?」

「はい、よろしくお願いします」

業者の人は、元々あったベッドをテキパキとかたして、速やかに部屋を後にしていった。何だろう、あれだけ卑下していても別れるときには一抹の悲しさを感じる。

俺は車が完全に去っていった音を確認してからルビアを呼んだ。

「もう良いぞ」

「何だったの?――これって」

「そう。ルビアこれ気に入ってただろ?だから、これが君の新しい寝床です」

「っ……」

さあ、一体どんな反応をするんだろうか。気になったが、ルビアが顔を背けてしまってしまって確認できない。

諦めようとした時、ルビアの向く方向に鏡があることに気付いた。見せたくないのだろうけど、興味の方が勝って俺は鏡で表情を伺った。

そこには、涙を必死に拭い、俺に悟れないよう嗚咽をこらえるルビアが映し出されていた。そんな彼女の姿に心が締め付けられる。

きっと。いや、そんな強い言葉が使えるほど俺は彼女のことを知らないから、だから、恐らく。やさしさに触れたのがうれしかった、のかもしれない。それとも、久しぶりにやさしさに触れたのだろうか。

いずれにせよ、彼女が浮かべていたのは、やさしさの溢れる涙だった。

これ以上は野暮だろう。俺は、台所で昼食の準備をすることにした。

「――ねぇ」

彼女は、少し上ずった声で俺を呼び止めた。

「なんだ?」

「……何でもない」

何かを言いかけて彼女は口を噤んでしまった。

俺はあえて言及せずに、そのまま料理の支度を進めた。


「――何で」


彼女が消え入る声で何かを呟いたのを背景に手を動かした。


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