第9話 彼女と買い物Ⅲ

午後1時30分。

腹を満たした二人が向かったのは、生活雑貨から食品まで扱う、品質の良いあのお店だ。

ここでは、ルビアの身辺の生活用品を揃えるためにやってきた。

まずは、茶碗やコップなど、小さいものから片付けようか。

「なあ、ルビア。どれ――」

ルビアの確認を仰ごうとして振り返るとそこにルビアの影は無かった。

薄々勘付いていたが、もしかしてアホなの?

俺は店内を捜索し始める。

「おーい、どこだー?」

まったく‥‥‥、やれやれ。まだ高校生の女の子だもんな。

そんな甘い考えを悔いたのは捜索を始めて30分が経過した時だった。

さすがに、焦りと疲労が折り重なって呼吸が荒くなるのを感じる。

「ぜぇ…ぜぇ…、ホントにどこ行きやがった。探そうにも、あまり大っぴらに探せないし……、もしかして店から出たのか?」

食品コーナーから抜け出した先の、寝具のコーナーで、俺はようやく、目立つ赤髪を下げた女の子を見つけることができた。

「おい、どこに行ってたんだよ」

駆け寄ると、そこには可愛らしい寝息を立てながら、見本品のベッドで転寝をするルビアの姿がそこにはあった。

「――まったく」

疲労がたまっていたいたのだろう。俺の安物のベッドで寝ていたんじゃ気を抜いて眠ることは出来なかったに違いない。

近くを店員が通りかかった。

「すいません、しっかり寝ちゃってて」

「いえ、構いませんよ。むしろ逆というか‥‥‥」

店員が後を濁すので何事かと思い、店員の視線を追いかけると、その言葉の意味が分かった。

なるほど、ルビアの気持ちよさそうな寝姿は、周りの視線を引くのにはうってつけの広告塔となっていた。

「すいません、もう少しこのままでもいいですか?あとで必ず起こすので」

「構いませんよ。それに、商品の性能の裏付けになるので」

店員は笑顔で話してくれた。

「あ、あと一つお願いがあるんですけど」



「んんー!あれ?私寝ちゃってた?」

「ああ、ぐっすりだったな。――うん、とりあえず落ち着いて突っ張り棒を置こうか?」

ホントに、すぐ人を殴って記憶を飛ばそうとする癖は直した方が良いな。

なんて、殺人犯に言うのもお門違いか。

「殺せ‥‥‥もしくは殺す。いやていうか殺す!」

この会話も随分と定着したなー。

とりあえず、俺はルビアが落ち着くまで待ってから買い物を続けることにした。


午後二時三十分。

「とりあえず、茶碗とマグカップかな」

俺とルビアは、生活用品を揃えるために食器・調理器具等コーナーに足を進めていた。

ステンレス製の調理器具たちに照明が反射して輝いている。そこを、彼女が歩くだけでランウェイのように思えた。瞳にはシルバーに反射した光が灯っていた。

「さて……ルビア気に入ったものあったら教えてくれ」

「……うん分かった」

まだ、少し眠気を帯びているのか、ルビアの返事は何処か上の空の様に思えた。

漆塗りの高そうなもの、可愛いらしい動物の絵があしらわれたもの、木製のもの。それらが視界の隅へと消えていく。果たして、彼女に合うものは何だろうか。シンプルなデザインが無難で良いか?

俺は、ルビアの様子を伺う。彼女はやはり先ほどからどこか呆けているように見えた。

「茶碗はこれなんてどうだ?」

「……うん」

やはり返事は朧げだ。

まあ、これで良いのか。別に嫌ということは無いであろう。俺は今手にしている、薄灰色の陶器の茶碗をかごの中に入れた。

「なあ、次は箸でも見に行くか?」

そう話しかけてもとうとう返事がなくなり、心配になってルビアの様子を伺う。

彼女は、ある一つのカップを見つめていた。えらく気に入ったのか、じいっとそれを眺めていた。どこかの国の伝統工芸品のようなデザインで、白を基調に花の模様があしらわれたカップのようだった。多分ちゃんとしたものではなくレプリカのような模造品で、値段も並くらいであった。

「それが欲しいのか?」

「え?うん」

なるほど。本当に欲しいものなのが食いつき方の違いで分かった。

コップに茶碗は選び終わった。あとは、箸、スプーン、フォークか。

まあ、この辺は適当でも大丈夫だろう。

俺はルビアに問答しながら、生活品を揃えていった。

「よし!これで食系統はあらかた揃ったかな」

あと、買わなくちゃいけないのは、食材と布団くらいか。

ルビアは、買ったものが気に入ったのか、ホクホクしていた。

まあ、喜んでもらえたなら何よりだな。

「じゃあ、布団選びに行こうな」

「うぅん」

なんだその緩い返事は。シャキッとしろシャキッと。

俺は未だに興奮の冷めやらないルビアを連れて布団コーナーへと訪れた。

どうせ買うなら良いものがいいよなあ。

「うわあ、ふっかふっか」

何だろう。さっきより生き生きしているのは俺の気のせいだろうか。

ていうか、さっきあなたベッドで仮眠してましたよね?

けれど、寝具に目がないルビアも可愛らしいと思えた。

「間違っても寝るなよ?」

「っ……うるさい!寝ないし」

ルビアをからかいながら、俺は布団を物色していく。

ルビアは先ほどの場所で、まだ寝心地を試している。ほんと不用心だな。

マットレスタイプか‥‥‥。へぇ、沈み込むからダメージが少ないのかって、あれ?

既に手形があるんだけど?いつの間に来てたの?

俺よりも少し小さくて細い手形が少しずつ消えていっている。

俺はその手形に自分の手を重ね合わせた。

「――うん。これにするか」



午後四時三十分。

やっと、すべての買い物が片付いた。大きな荷物は輸送してもらい、明日には到着するらしい。

「ルビア、これ持ってくれないか?」

俺はそう言って、ルビアの前に食器などの入った袋を差し出した。

ルビアは文句でも言いたそうだったが、口をつぐんで素直に受け取ってくれた。

大量に買い込んだ食材は、持ってきていたエコバッグには入りきらずに有料レジ袋を買う羽目になった。

ビニールが手に食い込んで痛みを感じる。流石に買いすぎたかと後悔が浮かんだ。

ルビアの方は、どこか名残惜しそうな表情を浮かべていた。

口には出さないし、尋ねることもしなかったけれど、楽しんでいてくれていたのだと思う。

バスの時間まではまだ時間があるか。

「ルビア。アイスクリーム食べようぜ」

俺の「アイスクリーム」という言葉に目を輝かせ、首を縦に振った。やっぱり食べ物には目が無いな。

入り口付近にあるちょっと本格的なアイスクリーム店。

女子高生や子連れなど、若い層に人気が高いようだ。

メニューもそれなりに豊富で変わり種だとピスタチオなんてフレーバーもあった。

俺は無難にミルクを選ぶ。

ルビアは、それはそれは必死に悩んでいたようだが、最後の最後に弱々しい声でチョコレートを選んだ。

俺とルビアはバス停で、買ったアイスを食べていた。

アイスはいつの時期に食べてもおいしい。最初はスプーンで崩れないように削る。

それを口に運ぶたび、その冷たさが頭部から全身へと伝って、疲れた体を冷やしていく。

横から視線を感じ振り向くと、すっかり両の手を空にし、羨望の眼を向けたルビアが居る。

「……いりますか?」

「しょうがないからもらってあんむ」

せめて、セリフを言い終えてから食べて?

その表情には一片のしょうがなさも感じなかった。俺が口をつけてないところを伝える暇もなく、ルビアは食べてしまっていた。

こんなこと気にしてるから童貞なんだろうなと思うとつくづく悲しくなった。

アイスも食べ終えたころに、「ばしゅう」という停止音を轟かせながらバスが到着した。

一番奥の五人ほど座れる席に端から腰掛ける。指示したわけでもなくルビアは隣に座る。

なんだろうか、そんな何てことない動作でも、言葉にできない心地よさを感じた。

疲労がたまってるのだろう。激しい眠気に襲われる。

バスの揺れも、ゆりかごのように思えた。

身体のぬくもりを感じる。

瞼が重く、視界が霞む。

重い頭を支える首も、だらしなく垂れそうになる。

次第に抵抗も届かなくなり、遂に瞳は閉じられた。

そんな薄れゆく意識の中でも、茜色の、空と君だけは鮮明に残った。



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