第3話 同居、始めます。

「今、何て?」

「だから、アンタの家に私を住まわせてアンタを監視するの!アンタが言ったんでしょ」

「いや、それは色々まずいだろ?君のご両親は?それに、君の住んでいる場所とか、あとは……」

挙げればきりがないほど、彼女の提案には問題があった。

俺の提案は一緒に住むという意味では無かったし、GPSとかで俺の生活を監視するっていう意味で言ったわけだ。

そもそもとして、男の家に女の子が住むのに抵抗はないのだろうか。

俺の頭は心配で埋め尽くされたが、そんな思考は彼女の言葉が一瞬でかき消した。

「私に両親はいない。住む家は自分で無くした。だから、問題ない」

そう言う彼女の顔には光を感じなかった。まるで闇だった。

出会って僅かな関係だけど、彼女にはちゃんと表情というものがあって、感情というものが伺えていた。

けれど、今の彼女はまるで虚ろ。空っぽで、心というものがまるで感じられなかった。

多分、今の話は彼女にとって地雷だったのだろう。

そして、彼女には俺の知りえないような過去を抱えているのだろう。

「で、ちなみに断ったら……どうなるの?」

「え?どうなると思う?」

はぁ、その可愛らしい笑顔で答えは十分理解できた。

確かに、俺には拒否権はない、よな。

いや、でも正直幸運なのではないか?好きな人と一つ屋根の下で暮らせるんだぞ?こんなしあわせなことがあるだろうか?

そんなことを考えていると自然と口角が緩んでしまう。

「何で笑ってるのよ。気持ち悪い…」

おっと、いけないけない。彼女に引かれてしまう。

正直、この時の俺の脳は疲弊し、およそ思考力というものが完全に死んでいた。

後からそのつけは倍以上になって帰ってくることを、この時の俺は考えられなかったのだった――。



時刻は午後8時30分。

物事は、人の気持ちなど関係なく目まぐるしく動く。

それを今日、改めて実感した。

なにせ、一時間前に出会ったばかりの女の子と同じ部屋で暮らすことになったんだから。それも殺人犯と。ホント人生たまったもんじゃない。

「とりあえず、聞きたいこととか色々あるけど、これから共同生活を送るうえで、一つルールを決めないか?」

「ルール?」

「そ。俺は生活を共にしてく上で君のことをある程度知らなくちゃいけない。だから、君に色々と質問する。でも、君にも知られたくないことがあると思う。だから、聞かれたくない内容の時は、沈黙してくれ。そしたら、それ以上は言及しない。それで良いか?」

「…うん」

こうやって素直に返事をするところを見ると、とても可愛らしい普通の女の子に見える。

でも、その正体は殺人犯。このギャップにドキドキしなくもないが。

「とりあえず、君の名前を聞いても良いか?」

「――ルビア」

長い沈黙の後に彼女は名前と思われる単語を呟いた。

いや、絶対に偽名だろ、それ。

そう思ったが、彼女の整った顔立ち、そして、何より赤みがかった彼女の髪の色は、どこか日本人離れしていた。

もしかしたら、どこか外国の血が混じっているのかもしれない。

「じゃあ、君の年齢はいくつ?」

おそらく、俺よりは年下なのだろうけど。待てよ?まさか16歳未満ではないだろうな?

そうだとしたら、犯罪になるんじゃないか?いや、恋に年齢は――!

「17歳。今年で18になる」

「良かったー」

「え?何が?」

いかん、声に出てた。

まあ、とりあえず、彼女がちゃんと結婚のできる年齢であってよかった。

「えっと、じゃあ――」

次の質問をしようとした時、ルビアの方から、ぐぎゅるる~と、気持ちのいい音が聞こえてくるのが聞こえた。

ルビアは顔を真っ赤にして、真っ黒くなった包丁をこちらに向けてきた。

多分、恥ずかしくて照れ隠しをしているだけなのだろうが。いやぁ、お兄さん。その冗談は笑えないな~。

「じゃあ、とりあえずご飯にしようか」

時間も遅いし、簡単で早く作れたものの方が良いか。

俺は、冷蔵庫の中を物色して献立を考えていると、ふと、豚肉に目が留まる。

何てことない生肉だったが、妙に目が引き付けられた。

その理由はアレだ。先ほどの死体だ。どうにも生の肉は死体が連想されて、さすがに少し抵抗があった。

でも、あれだな。よくテレビとかで、死体を見てトラウマになってる人とかいるけど、そこまでではないんだな。それとも、俺が異常なだけだろうか…。

彼女はどう思っているのだろうか。少なからず、思うところはありそうだけれど…。

「なあ、ルビアちゃんは嫌いな食べ物とかある?」

「ない…けど、その、ルビアちゃんって何?」

「え?…いや、年下の女の子だから、そう呼んでみたんだけど…、イヤだった?」

「呼び捨てにして」

「?分かった」

彼女がそうしてくれというならそうするが、嫌だったのだろうか。

ここからでは、彼女の表情を伺うことはできなかった。


悩んだ結果、今日の献立は麻婆丼にすることにした。

何を隠そう、この俺の大好物であり、その腕は既に親の免許を皆伝している程であった。

麻婆豆腐なら、比較的簡単に、時間もそんなにかからず、しかも自信を持って提供できた。

およそ、20分もかからずに完成した。

「おまたせ」

時刻、午後9時00分。

長かった一日もようやく終盤に差し掛かり、俺とルビアは小さな机を囲んで、夕食を食べていた。

ルビアは相当腹が減っていたようで、それはそれは作った方が気持ちの良いくらいの食いっぷりだった。

「どうだ、おいしいだろう?」

「……うん」

俺は気分が良くなって、調子の良い事を言ってしまう。

しまった、今のは調子に乗りすぎてしまったか?と少し警戒したが、それは空を切った。何故なら、彼女の瞳から雫が零れ落ちていたから。

「ど、どうしたんだ?」

俺は慌てて、ルビアに尋ねる。もしかして、泣くほど不味い料理だったのか?誰だそんなものふるまったのは!

「すんっ、何でもない…。何でもないんだけど…、美味しいもの食べたのひさしぶりだったから――。すん」

彼女の涙が彼女自身のこれまでの道のりを表しているようだった。

胸が締め付けられそうだ。もっと彼女のことを知りたい。知って、彼女がそんな涙を流さなくても良いような、そんな生活を送らせてあげたい。とそう思う。

でも、今はまだその時じゃない。

今は、彼女自身が自分と向き合う時だ。自分自身に納得いくような、そんな結論が出た時、彼女の方から俺に話してくれるその時までは、彼女の過去には立ち入らないでおこう。


ルビアは大分落ち着きを取り戻したようだ。

「……ご、ごちそうさま」

少し恥ずかしそうにしている彼女は、とても可愛らしく、「こちらこそ」と口走りそうになった。

「風呂はどうする?」

「…入る」

「そっか、使い方は分かるか?」

「うん」

「バスタオルはこれ使ってくれ。着替えは…」

そういえば、彼女は何も持っていない。ということは、今着ている服と、下着しかないのか…。

「嫌じゃなかったら、俺の服使ってくれ。下着は、まあ、当然ないからそのままで我慢してもらうしかないな。あとは、寝るときはそこのベッド使ってくれ」

「え?ちょっと!」

「俺はもう寝る。疲れた。話は明日しよう」

正直、聞きたいことはまだまだたくさんあった。

でも、今日はもうこれくらいでいいだろう。というか正直言って疲れた。限界だった。

一日で起きていい事の許容量なんてとっくに超えている。実は、先ほどから視界がぼやけてきている。

だが、収穫もあった。

彼女は、ルビアは殺人犯であっても、殺人鬼ではない。ちゃんと、思慮分別があった。

それは、彼女の仕草を見ていれば分かる。「ごちそうさま」もちゃんと言えてたし。

だから、寝首を掻かれることはないだろう。きっと。うん、多分?大丈夫か?

彼女の殺人にはきっと何か事情があるんだ。そう思う。

でも、彼女のあの時の笑顔…。

ルビアは一体――。

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