第2話 終わりの日 後編

ピピピ――。

携帯の音が鳴った。誰の?俺!?

「誰!」

俺は急いでその携帯を確認する。

内容は、合コンの日程についてだった。俺が死んだらアイツのせいだ……。一生恨む。

事態は、簡単に急変する。

目の前の殺人犯がこちらの存在を認識する。

「動かないで……」

あ、綺麗な声してるんだ。……いや、そんなことを考えている暇はない。

俺は、持っていた携帯を地面に置いて、手を挙げたままその場で立ち止まった。

というか、これは銃で脅された時の対応だろ。

「見た?」

「……見た。見ました」

下手に嘘をついて刺激するのはまずい気がする。ここは素直に認めよう。

暫くの沈黙が二人の間を埋める。張りつめた空気が肌を貫く。

正直、俺がこのまま彼女を背にして逃げ出せば、多分助かるし、警察も出動して即現行犯、事件解決だろう。

でも、どうやら俺の心はそうはしないみたいだ。

本当に馬鹿だと思う。こんな状況でおかしくなってしまったのかもしれない。

俺は彼女のことをもっと知りたいと思っている。

彼女と関わりたいと感じてしまっている。これが恋というものなのか。

「――なあ、俺を殺すのか?」

「そうね、見られたからにはタダじゃ帰さない」

「ですよね……」

さて、どうしたものだろうか。

俺は彼女と関わり合いたい。でも、当然殺されたくはない。なにしろ彼女と出会えたばかりだから。

彼女がじりじりとこちらとの距離を詰めてくる。緊張が俺の輪郭をなぞる。

「ちょっと待ってくれ、警察には連絡しない。君のことも今日あったこともすべて黙っている。だから、いったん落ち着いてくれないか?」

「そんなの信じる人いないわ。大丈夫。苦しませはしない。そういう勉強をしてきたから」

いや、どんな勉強?なんて落ち着いて突っ込んでもいられない。

それくらいの距離感のところまで彼女は迫ってきていた。

これは、いよいよ打つ手がないか?

最悪の場合は逃げれるようにはしておこう。命には代えられないからな。

俺は、彼女の足が近づくにつれ、少しずつ身構えていく。

そんな時だった。この廃れた路地裏に近づく足音が聞こえたのは。

コツコツコツ――。

ていうか、まずいだろコレ。

こんなところ誰かに見られでもしたら、全部終わりだ。俺と彼女の物語なんて夢物語だろ。

俺は咄嗟に彼女の手を掴んだ。

「ちょっと、なに――」

「静かに。こんなところで捕まりたくないだろ?俺だって君に殺されたくない。だから今は君のために動く。君がこのまま誰にも見つからないまま、安全な場所にたどり着けるように。俺をどうにかするのはその後でも遅くないだろ。とにかく今、人に見つかったら全部終わりだ」

「そんなの信じられない!」

「だったら!せめて、この場を離れよう。俺は、そのまま君にとって、安全な場所を目指す。少しでも怪しい動きを俺が取ったら、その時は、そのナイフで俺を刺してもいい。だから!今だけは俺を信じてくれ」

「……」

全て言い終えると、彼女は俺の提案を受け入れ、素直に手を引かれていた。俺はそのまま彼女の手を引いて暗闇へと足を延ばした。



俺たちはすぐさまその場を後にした。

背後からは壮絶な悲鳴が聞こえたが、その方を振り返ることはなかった。

幸い、人通りのない裏路地だったため、人に見られることはなく、目撃者が遺体を発見しただけだった。

はあ……。これで俺も犯罪者の逃亡に手を貸した共犯者になってしまったわけだが……。

まあ、証言するときに脅されて、なんて言えば、なんとかなりそうではあるが。そんなことをするつもりはさらさら無かった。

人目の付かないような道を潜り抜けて、何とか俺の住むアパートの近くまで来ることができた。

追う者も、目撃者も、俺の確認できる範囲ではいなかった。途中で刺されることもなかった。

とりあえずは、目標達成か。

「すぅー…はあ…。ここまでくればとりあえず安心か」

「……ねえ」

彼女の方から声を掛けられたのは意外だ。

「ん?」

「なんで、助けたの?」

「助かったって言えるのか?これ」

「……」

現状は結局何も変わってはいない。犯人の捜索もすぐに始まるだろうし、特定も容易にされるだろう。

でも、そうか。なんで助けたの…か。理由は単純だった。

君のことが好きだから。

でも、それを口にすることは無かった。

「――君に殺されたくないからだよ」

「……」

「で、俺をどうするつもりだ?…少なくとも、君は俺に助けられたと思っているみたいなんだけど。見逃してくれたりする?見逃してくれたらこれ以上干渉しないと約束するよ?」

嘘だ。こっちは干渉する気満々だ。ただ、今だけはただ、自分の身の安全を確保したいだけで。

「!?」

彼女は揚げ足を取られて、恥ずかしそうにしていた。そんな姿もできるのか。可愛い…。

「……アンタが、通報しないっていう確証はない」

確かに、人を殺すような人物に信頼なんかはないのかもしれない。

彼女がこっちに迫りくる度、鼓動が早くなっていく。

何かを言わなくてはいけない。何かを、何か――。

「――じゃあ、監視してれば何も問題じゃないだろ!」

俺は、咄嗟にそんな言葉を吐き出していた。

「監視…?」

「そう、監視だ。俺が通報や逃げ出さないように君が俺を監視するんだ。君自身が俺を見張っていれば君も安心できるんじゃないか?もし、君が俺に借りがあるって少しでも思っているなら、くれているなら、それで手を打ってくれないか?」

自分で言っていてめちゃくちゃだと思った。そんなことが罷り通るとは到底思えなかった。彼女に俺を生かす道理はないから。でも、彼女にも少なからず人の心があることはさっきはっきりとした。だから、少なくとも愉快犯ではない。

僅かな可能性ではあったが、そんなわずかでも可能性は拾いたかった。

そんなダメもとの提案だと思っていたが、彼女の返事は俺の想像しないようなものだった。

「――分かった。なら、今日から私がアンタを監視する。その代わりに、アンタの家に私を住まわせて」

「……ハイ?」

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