第31話:救出作戦⑥

建物の外に出て確認すると、やはりとても大きい2頭立ての馬車が二台停まっていた。詰めれば全員乗り切ることができそうだ。


問題は馬車の運転ができるものがいるかというところだったが、オプールの村の者たちで経験のあるものがいたのでそれも解消された。


ならばあとは全員乗り込んで脱出するだけである。


「だけどルー、町の門には見張りがいるだろう。どうするつもりなんだい?」

「そんなもん、何とでもなる」


はたと気づいたように疑問を口にするオプールに、俺は自慢の爪を立てて返事をした。


城門に立っている見張りなど、多くて4~5人だ。影魔法やレベル3になった「隠密」を駆使して近づき、眠っていてもらうことなど造作もないだろう。


苦笑いを浮かべたオプールは「穏便にね……」との言葉を残し仲間の誘導へと戻っていった。


人間相手に、何とも人の優しいことだ。


オプールの村の者たちと関わって、敵味方問わずやたら「命」というものを尊重したがるのは、多くの者に共通する考えだということが何となく分かってきた。自分たちを捕らえ、閉じ込めていた兵士たちの死体に手を合わせるものがいたり、兵士たちを惨殺した俺に対し未だに畏怖の視線を向けるものがいたりするのがその証拠である。


俺はこれまでずっと、自分にとって有用であるかそうでないかで他者の生き死にを捉えてきたところがあったが、少し見直した方がいいのかもしれないと思った。未だに理解はできないが、勉強した方が今後不都合が少なくなるだろう。リンと喧嘩になるのも嫌だし。


その後、獣人たちの乗り込みが進む中で、同じ部屋に閉じ込められていた別の檻の獣人たちも助けようという話になった。


あの奴隷商が売り物にするため捕らえられていた子供の獣人が、オプールの故郷「ガレ」の村以外からも何人かいたのである。


助けた獣人たちの保護は「ガレ」の村で引き受けるとのことだったので、俺は檻の破壊をして回った。その内の、狐の獣人の兄妹を助けた時に、少しおかしなことが起きた。


「獣神様! 助けていただきありがとうございます!」

「獣神様、ありがとうなのー」

「ああ?」


檻から出るなり跪いて、妙な挨拶を始めたのである。妹の方は、兄の真似をしているといった感じでたどたどしくはあったが。


「何だよ、獣神様って」

「俺の村の言い伝えです。我らが危機に陥ったとき降臨され、その圧倒的な力でお救い下さる獣人の神。貴方はそれに違いありません!」

「ミュンも、ずっとお祈りしてたのー」


ものすごい勢いで頭を下げる兄妹に対処しきれず、リンとオプールに視線を向け助けを求めた。しかし、二人とも困ったように首をかしげるだけで、彼らの言っていることは理解できないようだった。


そこに、オプールの父親が助け舟を出してくれた。


「古い言い伝えだよ。『人間が一つの神を崇めているように、かつて獣人にも崇めるべき絶対の神がいた』というね。獣人が人間に力で劣るのは、その神を崇めるのをやめ、それぞれの神をまつるようになってしまったからだと」

「そうなの、父さん?」


オプールも初めて聞くのだろう。その顔に驚きの表情を浮かべて自分の父親へと詰め寄った。


「どうして教えてくれなかったのさ! だったら、また獣人がみんなその獣神様を奉れば……!」

「……これと似た言い伝えは、色々な村にそれぞれあってな。皆最後にこう続くのさ。『その獣神とは、わが一族の祖先神である』と」

「なんじゃそりゃ」


それじゃあ結局、「ほかの部族の奴らも俺たちの神を崇めろ」っていう要求を、それぞれの村が正当化するための詭弁にすぎないってことか。


その後もオプール父は事情を語った。


オプール父もかつては自分の村の神を信じていたが、逃げ延びた奴隷たちの村「ガレ」を作っていくうちに、それぞれの一族が似たような言い伝えを持っていることに気付いたこと。


一度そのことで争いになりかけた際、「神など信じず、自分たちと、自分たちの村の仲間を信じよう」という新たな教えを立てたということ。


それ故に、子供たちの世代には「獣神」のことについては語らなかったことなど。


それを聞いていた狐の獣人の兄の方が、突然オプール父に飛び掛かり食ってかかった。


「違う! 俺の村の言い伝えこそが真実なんだ。そしてその獣神様こそが……!!」

「俺だってか? 勘弁してくれよ」


真横から否定の言葉を浴びせられ、狐の獣人の動きが止まる。その瞳が見開かれ、縋るようにこちらに向けられるが、そんなものに答えるつもりは俺には毛頭なかった。


「俺は俺さ。お前らの神になんかなったつもりはない」

「そんな……」


兄の方がひざから崩れ落ちた。少し酷かもしれないが、いきなり見ず知らずの奴に心の支えなんかにされても俺は困るのだ。


何て言ったって俺自身が、この世界において酷く不安定な存在なのだから。


服のすそがちょんちょんと引かれて、俺は足元を見た。妹の方が見上げながら、不安げな視線をこちらに向けていた。


「獣神さま……?」

「俺はルーだ。獣神様じゃない、ごめんな」


まあ、この子の方は兄の真似をしていただけだろうし、すぐにでも認識を改めることは可能だろう。この兄妹には、ぜひとも互いを心の支えにしてもらいたいところだ。


「るー……様?」


いや、様付けもやめてもらいたいんだがな。


未だピンときてなさそうな妹に手を引かれながら、がっくりと力なく項垂れる兄も馬車に乗り込んでいった。


これで一通りの準備は済んだ。後は出発し、俺が城門の見張りを始末して脱出するだけだ。


「じゃあ、合図を出したら突っ込んできてくれ」


御者役を務める獣人との打ち合わせを済まし建物を発とうとしたところに、オプールとリンが見送りに出てきてくれた。


オプールが真剣な表情で、俺に詰め寄る。


「ルー、一人で大丈夫かい?」

「一人の方がいい。足手まといになるだけだから、絶対に着いてこないでくれよな」

「君は本当にはっきり言うね!? ……じゃあ、また後で」


軽口を交わし、オプールは馬車へと戻っていった。これで俺のことを問い詰めてきた件に関しては帳消しにしてやることとしよう。


一人残ったリンは、何か言いたそうに手をもじもじとさせていた。今更そんな遠慮するようなことがあったかと、不思議に思いながらその言葉を待つ。


やがて首元を抑えながら彼女は言った。


「私の奴隷の印、ルーが解けるって聞いて」

「……今か?」


俺の問いかけに、リンはコクリと頷いた。


オプールあたりから聞いたのだろうか。確かに俺は奴隷紋とやらを解除することができる。それは自分の体で立証済みだ。


だが、その方法は……。


「結構荒っぽい方法なんだ。脱出してからでもいいか?」


何せ、爪を立てて引っ掻く必要があるのだ。俺が自分にやった時ほど深く掘る必要はないと思うが、力加減が分からないし、できればほかの方法を模索したい。だが、今すぐとなるとそれができない。


それ故の提案だったのだが、リンの首は左右に揺れてしまった。


「い、今がいいの。ルーと離れるのが、ちょっとだけでも不安で……」

「リン……分かったよ」


気持ちを押しとどめるように、体の前でギュッと握りこまれた手を見て、彼女の心境を察してしまった。奴隷商の男は死んだが、先の例でもあったようにまた更に後継の「持ち主」が現れないとも限らない。その時、奴隷紋のある者はあまりにも無力である。


リンは、俺と離れて万一そういう事態になったらということを恐れているのだろう。自分が未だに「奴隷」という状態であることそのものから、一刻も早く逃れたいと感じている。


その気持ちは、俺には痛いほど理解できた。自分や自分の仲間の危機に、何もできずに立っているだけで、あまつさえ仲間に刃を向けさせられる可能性があるなど最悪だ。


俺はリンに近づき、その首元に爪を立てた。よく見ると薄っすら肌の上に模様上に線が入っているのが見えた。これが命令を出された時には発効し、体の自由を奪う元凶なのだろう。


「……ちょっと痛いぞ」

「うん、我慢する……っ!」


俺はとりあえず、その線に沿って爪を立てて浅い傷をリンの肌に作っていった。爪が通った後に血が滲み、赤い軌跡が彼女の柔肌に刻まれていく。かなり浅く切っているはずだが、それでも痛みは感じるようで、リンは時々喘ぐような声色交じりの吐息を漏らしていた。


はたから見たら俺がリンの首を掴んで、それにリンが何の抵抗も見せずに時折苦しんでいるように見えるはずだ。いきなり二人が近づいてそんなことを始めているもんだから、馬車からこちらを覗く視線が半端じゃなかった。


やばい、何だこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい。凄く良くないことをしているような気分になる。いや、やっていることは間違いなく良いことのはずなんだが、とにかく早く終わってほしい。


そうやってリンの首の線を半分近くなぞった時に、その画面は表示された。


――「奴隷紋」の術式を吸収、その効果を打ち消しました――


ああ、やっと終わったか。これでこの羞恥から解放されて……。


――条件を達成-個体名「リン」に特殊スキル「魔狼の祝福」が与えられました――


あええェ!? 何か出たよぉ!!?

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