第30話:救出作戦⑤
「俺が……何者か、だって?」
オプールにそれを聞かれた瞬間、心の奥底が急激に冷え込んでいくのを感じた。
なぜ、どうしてこのタイミングでそんなことを尋ねる必要があるんだ?
オプールが不安げな表情を変えぬまま、俺の言葉に頷く。
「あの鉄球の男を倒したのも凄いと思ったけど、今の戦い……君の力は異常だよ。獣人ができることの域を遥かに超えてる」
「……」
「なぜ君があの男の魔法を使っているのか、不思議で……不安でしかたがないんだ。みんなも」
きっとオプールの言うことが最もなのだろう。俺だって、自分のこの力が普通だなんて思っていない。
今俺が使った影魔法……ゴーズという男の力……それを、奴を殺しただけで奪い、使いこなしてしまうなど、どう考えても異常だ。
そうか。彼らはこの影魔法を使う男に襲撃されたのだったな。ならば、ここまで不安そうにするのも無理もないのかもしれない。
「俺が影魔法を使えるのは……俺が殺した相手の力をある程度奪えるからだ」
俺の言葉に、オプール含む檻の中の全員が息をのんだのを感じた。檻の中の誰かが、小さな声でつぶやく。
「力を、奪う……?」
「ああ。この爪と牙で殺した奴の力を自分の者にできる。だから俺は、あの男の魔法が使えるし、他にも色々な力を手に入れた。俺はそんなことを繰り返して強くなったんだ」
先ほどの戦闘で明らかになった条件。それは、相手の能力を奪うためには自分の爪と牙でとどめを刺す必要があるということだ。射撃攻撃は爪の延長と捉えられるのか大丈夫なのだが、爪と牙以外の武器や相手の魔法を跳ね返すなどで倒してしまうと、画面が表示されない。
獣人たちは、信じられないといった様子で互いに顔を見合わせていた。リンにこの力を知らせた時も同じ反応だったが、やはり俺の能力はそうとう異端のようだ。もしかしたら、獣人の種族としての特徴ではなく、俺個人としての特質であるという可能性も出てきた。
だとしたらなおさら大きくなる、どうして俺だけという思い。
俺は一体何者……? そんなの、俺が一番知りたい。
「な、なぜ、そんなことができるんだい? ルー……君は何の獣人なんだ? 一体どこから……」
やめてくれ、やめてくれ。
なぜそんなことを聞く、そんなことを聞いて何になる。
今大事なのは脱出する方法だ。そうだろう?
俺のことなんてどうだっていいじゃないか。聞かないでくれ。不思議になど思うな。そんな、遠いものを見るような視線を向けないでほしい。
浮き彫りになってしまう。俺が異常であること。この世界で、たった一人宙に浮いてしまっていることが。
なあ、俺たちは仲間じゃないのか。仲間じゃない……のか?
俺は……。
「い、いい加減にして!」
立ち尽くしていた俺の手がギュッと引かれ、何か暖かいものに包まれた。
リンが、二人の体の境界が無くなってしまいそうなほどくっついて、オプールたちに怒りの視線を向けていた。
「ルーが何者かなんて、どうだっていいじゃない! ルーのこと疑ってるの!?」
「ち、違うよ。ただ、みんな不安なんだ。だから、彼女の素性を……」
「そんなの……そんなのっ!」
オプールの言葉を受け、リンはますます激昂した。顔を赤くして、俺の腕を握る力をさらに強めて、オプールとその後ろの獣人たちに彼女は感情をぶつける。
「ルーが困ってるのが分からないの!? 自分たちが安心したいから、嫌がっている相手から何でも聞き出したいなんて、そんなの勝手だわ!!」
「リン……」
俺はもう十分だった。未だに息を荒くして、瞳を吊り上げているリンの手を上から握る。
それだけで、俺は一人なんかじゃない。そう思えたから。
「ルー……?」
「大丈夫だよ。怒ってくれて、嬉しかった」
リンは一転して、不安そうに眉を曲げて俺を見上げた。きっとそれだけで、俺が今から何を言うのか分かってしまったのだろう。その視線に向かって、精いっぱいの強がりで微笑んで見せた。
大丈夫、本当に大したことじゃない。話して、分かってもらうのが一番手っ取り早い。
そんな風に、割り切って考えることができるようになったことが嬉しかった。
リンをその場において、俺はオプールたちへと近づいて行った。皆が黙りこくって、ただひたすらに俺の動向を観察している。得体のしれない者が一体何をするのか、不安と恐怖で動けずに、警戒しているのだ。
自分たちを捕らえた兵士たちをあっさり惨殺した奴が、みんな恐ろしいのだ。その感情は、とりあえず理解できる。理解できる余裕が俺にはできたいた。
檻に手をかける。その近くにいたものが、一斉に身を引いた。そんなあからさまな態度を取られると流石に傷つくが、今は気にしない振りを続けるとしよう。
「ルー、い、一体何を」
震える声で尋ねてきたオプールを一瞥し、俺は檻にかかっている手の爪を尖らせた。そして横に薙ぐと、あっさり檻は切り取られ、人一人があっさり通れる隙間が生まれる。
歓声が上がった。そして、このタイミングで俺は自分の事情を告白するのだ。
「オプール。俺は記憶がないんだ」
「な、何だって?」
「一番古い記憶で5日前、それ以前の記憶がなくて、気付いたら奴隷として檻の中にいた。だから、自分の素性ってやつを調べるためにリンと旅をしている」
「そんな、そうだったのか……」
オプールが声を上げるのと同時に、檻の中の獣人たちも深刻な表情を浮かべた。だが、その顔色にはもう、俺に対する畏怖の感情がほとんど残っていないのが見て取れた。
何といっても今、彼らには救出の糸口が垂らされたのだ。それをもたらした存在に彼らは希望を見出し、恐怖の感情は上書きされる。そこに来て、記憶喪失であるという新情報があれば、彼らとて手のひら返しがしやすいといったものだろう。
「……ごめんよ、ルー。僕、何も知らなくて……君は、僕の願いを受け入れて協力してくれたのに」
「いいさ。得体のしれない存在に恐怖するのは自然なことだ」
掛けられた言葉に苦笑を浮かべると、オプールは檻の中に入っていった。腕を広げて俺のことを差ししめすと、大きな声で仲間たちに呼びかけた。
「みんな、ルーはいいやつなんだ。碌に動けず、足手まといにしかならないことが分かっている僕のことを、おぶってここまで連れてきてくれた。だから、どうか恐れないで、一緒に脱出しよう!」
初め、オプールの言葉に戸惑ったように、お互いに視線のやり取りをしていた獣人たちだったが、次第に賛同の声が上がり始めた。
「そ、そうだよな。同じ獣人だし、味方なら強いのは大歓迎だ!」
「あの子が居れば、きっと大丈夫よね! 見た目も可愛いし」
「僕たちを助けに来てくれたヒーローだよ! 可愛いし!!」
事態は俺の思うように進んでいった。ていうか、可愛いかどうかって関係あるか?
まあ、見た目の問題っていうのはでかいのかもな。もし俺がめちゃくちゃゴツイ大男だったり、ドロドロな感じの明らかな化け物だったりしたら事情はまた違っただろう。可愛いらしくてよかった。
ちなみに川に寄った際に自分の姿は見た。リンと似たような耳としっぽの生えた獣人だった。
しかし、やはり自分の体だからなのか、可愛いとかどうかとかはピンとこなかった。自分に欲情する変態にならずに済んだのは良かったが。
その後、未だに顔を赤くして少し涙目になっていたリンに対し、オプール含めその仲間たちが頭を下げてなだめたところで、ようやく俺の中に浮かんでいた脱出プランを提示する段となった。
「恐らくだが、外にかなり大きな馬車が停まっているはずだ。それを使えば、全員一気に脱出できるかもしれない」
俺の考えた計画。それは、兵士たちが乗って戻ってきた馬車を利用し、全員を乗っけて正面から町を出ようというものだった。
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