第29話:救出作戦④

部屋の中に一斉に入り込み、入り口をふさぎつつ俺たちを取り囲むように広がった兵士たち。部屋の中はかなり広い倉庫のようだったのが、今では兵士たちが一気に押し入ったことによりかなり狭く感じてしまう。


兵士たちの数は多い。推定20ほどはいるだろうか。その全員が鉄製の鎧を身に着け帯刀している。この数ですら全員ではなく、外に何人か控えているのかもしれない。それに対しこちらの戦力は子供の獣人が3人。


どう考えてもこちらの勝ち目は薄いように見えるだろう。普通であれば。


「ル、ルーってば。これってひょっとして大ピンチってやつではないのかい?」

「もしかしなくてもそうだな」

「わひゃあーっ!! ど、どうしたら!」


状況を飲み込んだオプールが、お手本のように両手をワタワタさせて慌てふためく。リンの方はというと、オプールほどではないがやはり動揺した様子で、俺に不安そうな視線を向けていた。


「ルー……」

「大丈夫だ、何とかなる」


俺が言葉をかけると彼女は頷き、強気な笑みを浮かべてくれた。


「うん、信じてる」

「後ろに下がってて、オプールと固まっていてくれ」


俺が手で示して誘導すると、リンはまだあたふたしているオプールを引っ張って俺の後ろ、ちょうど獣人たちの檻の前まで下がっていった。


俺はふうっと一息付き兵士たちを見据える。兵士たちは俺たちを取り囲んだまま、誰かが急に飛び掛かってくることもなく、じっと俺たちを観察していた。隙を見せたら誰か切り掛かってくると思ったが、随分と統率の取れた集団のようだ。


丁度俺の真ん前にいた、恐らくリーダーだと思われる兵士が声をかけて来た。


「大人しく捕えられれば、怪我はせずに済むぞ? お前らはサムガン様の大事な商品だからな」


男がこちらに向ける視線やその声色は、やはりこちらを見下すような小ばかにしたものだった。男の言葉につられるように、俺たちを取り囲む兵士たちもニヤニヤとした笑みをこちらに向け始めていた。


雇われている兵士であれば、あるいは少しは話ができる連中なのかとも思ったが、どうやら見込み違いだったようだ。こいつらは、完全に獣人の敵で、やっぱりムカつく奴らだ。


良かった。これで遠慮なくこいつらで色々試せる。


「へえ……雇い主が死んでもその商品を大事に扱ってくれるなんて、大した忠義だな」


俺は意趣返しとして、わざとニヤケ面を作り、奴らにとって笑えない事実を告げてやる。一瞬で全員の笑みが消え、困惑の表情を浮かべるのが痛快だった。


その中でもリーダーの男は、俺がデタラメを言ったのだと思ったのだろう、目を吊り上げて怒りをあらわにした。


「貴様……! いい加減なことを言うのなら多少切り伏せてしまっても」

「ほい、証拠」


俺は、影の中からあるものを取り出し、そいつの目の前に放り投げてやった。俺の方を気にしながらも、男の視線がチラと「それ」に向けられる。


「それ」が何かを理解した途端、男は悲鳴を上げた。


「ひいいいああああアアア!? さ、サムガン様……!!」


リーダーの男が騒ぐとともに、他の兵士も投げられたもの正体に気付くと、同様に悲鳴を上げていった。


「え、え!? な、何だこれ!?」

「うわ、うわわわっ!?」

「く、首……生首だ!!」


そう、俺が放り投げたのは、リンとともに寸断した奴隷商の生首だ。


影魔法は、自分の影の中に「生物でない物」ならば一時的に収納することができた。それを利用して、部屋の中の死体を見つけられて騒ぎにならないようにしまっておいたのだ。発見されてしまった今となっては利用価値が無いと思っていたが、良い使い方ができた。


効果は抜群だったようで、兵士たちはさっきまでのニヤケ面がすっかり失われ、皆恐怖におののいていた。非常にいい気味である。


「テメエエエエ!! 何の小細工だああアァァ!?」

「おい、勝手に……!」


戦慄する兵士のうちの一人が、剣を振りかざしながら俺に飛び掛かってきた。リーダーの男が慌てて止まるよう言うが、聞く耳など失ったように、一心不乱に俺に向かってくる。


来たな、実験台第1号が。


どれ、まずは「怪力:3」からだ。


我を失っている兵士の大ぶりの一刀をあっさりかわして、その懐に思いっ切り拳を打ち込んでやる。


「ふんっ」

「ゴハァッ!?」


兵士は口から胃液を吐き出しながら、殴られた勢いで2・3メートルほど吹っ飛び、仰向けで倒れた。腹のプレートメイルが大きくへこんでいるが、小さく呻いているのを見ると生きているっぽい。


「怪力:3」……正直、大した威力ではなかった。それに問題が一つ。


「手ぇ痛……パンチは基本封印だな」


殴打の衝撃に、俺の拳の方が結構な痛みを感じてしまったのだ。「頑丈:6」で強化されているはずの拳でも「怪力:3」の全力の一撃には耐えられないということだ。随分割に合っていない。


俺的には大失敗に終わった「怪力:3による全力パンチ」の実験だったが、兵士たちには相当な衝撃になったようだった。


「い、一斉にかかれぇ!!」


リーダーの男が俺を指さすと、周りの兵士たちが一気に押し寄せた。流石に統率が取れている。よく観察すると、兵士たちの中でも前衛・後衛に分かれていて、剣を振るう前衛に対し、後衛の兵士たちは何やら手のひらを合わせて集中しているのが分かった。


後衛が準備しているのは魔法だろうか。だとしたらいち早く前衛を処理する必要がありそうだ。


前衛の兵士たちは全部で10人ちょっと、一人一人相手をしていては、後衛が放つ魔法に邪魔をされてジリ貧になってしまう。


ならば、一気に蹴散らせばいい。「射撃:4」ならば、行けるだろうか。


俺は迫りくる前衛の兵士たちに向かって爪を立て、横なぎに大きく腕を振るった。すると、その場で発生した空間の揺らぎが、俺の前方180度をカバーする巨大な風の斬撃を発生させた。


「な、何だあれは!?」

「風魔法か……? こんな巨大なもの、見たこと……っ!」


そのまま半円が広がっていくように兵士たちを襲った巨大な刃は、横一文字に前衛の兵士たちを薙ぎ払う。兵士が吹き飛び、そのまま壁にぶつかり何人かはそのまま動かなくなってしまった。当たり所が悪かったものは、体が寸断されてしまったものまでいた。


――人間を討伐-剣術:1を入手――

――人間を討伐――

――人間を討伐――

――人間を討伐-剣術:2を入手――


「おお、すげえ」


画面が表示される。あの風の斬撃によって、4人もの人間がその装甲を貫かれて死亡したということだ。これは思わぬ威力だった。


今までは遠距離攻撃が致命傷になることはほとんどなかった。あくまで牽制用の攻撃手段といった認識だったのだが、「射撃:4」の威力はそれ単体で十分迎撃手段として使えるレベルまで上がっていた。


見れば、まだ生きている兵士たちの鎧も、斬撃を受けた部分が大きくえぐれ素肌までスッパリと切れているようだった。血をおびただしく流し、中には内臓が漏れ出ているものもいる。即死はしなかったとしても、もはや長くないものも多いだろう。「射撃;4」恐るべし。


「ひぃ、ひいいいぃぃ!!」

「落ち着け、集中を乱すな!」


リーダーの男を含む後衛部隊は、前衛部隊が吹っ飛んだことにより俺の前へと晒され、その多くが恐怖に顔をゆがめていた。だが、リーダーの男の必死の呼びかけにより、何とか俺を攻撃する準備が整ったようだ。


「ファイアーボール一斉射撃、打て――!!」


各々の兵士の輝く手のひらから、それぞれ異なる大きさの火球が発射された。こぶし大の者から人の頭ぐらいのものまで、それぞれサイズの違いがあるのは、練度の差なのだろうか。


魔法の威力がどれほどのものなのか、俺には経験がない。「頑丈:6」なら食らってしまっても大丈夫なのではないかと試してみたい気持ちもあるが、流石にリスキーだろう。


だからと言ってかわすわけにもいかない。俺の後ろにはリンとオプールと、檻に閉じ込められた獣人たちが控えている。俺がここで飛び上がれば、無数の火球は彼らに容赦なく襲い掛かるだろう。


「ガハハハっ、動けまい!! そのまま仲間たちの前で丸焦げになってしまえ!」


リーダー格の男が叫ぶ。やはりそういう狙いだったようだ。本当に、こういうやつらが取る戦法はこういうのばっかりだな。


普通に風の斬撃で火球を消し飛ばしてしまってもよかったのだが、ムカついたので他の方法をとることにした。


奴らの思惑通り、丸焦げになってもらうことにしよう。ただし、奴らの方が、だが。


俺は自分の影を変化させ、体の周りを覆うように展開させる。火球は影と衝突した瞬間、その中に吸い込まれるように消えて行ってしまった。


兵士たちは当然、突然自分たちの渾身の一撃が消滅してしまったことに動揺していた。


「は、え!? なぜ」

「ど、どうなったんだ、一体?」

「返すぜ」


きょろきょろとお互いの顔を見合わせ、何が起きたのかを必死に理解しようとしている彼らの間抜け面。そこに、彼ら自身が撃った火球を足元の影から発射してぶち込んでやった。


「うぎゃああァァ!?」

「あつ、熱い……!!」


自ら放った火球に焼かれ、大半の兵士たちはその業火に顔を燃やされ悶え苦しんでいた。だが、彼らはどちらかといえば幸いな方である。自らの火球が小さかったために、顔を焼かれているだけで済んでいるのだから。


巨大な火球を放った者……例えばリーダーの男なんかは、巨大な炎に首を吹き飛ばされ、一瞬にして息絶えてしまったのだ。


残念、丸焼きにはできなかったな。


それからも、続々と息絶えた人間の討伐情報が表示されていったが、対してめぼしいスキルは手に入らなかった。最終的に手に入れたのは「剣術:3」である。どうやら人間を倒せばあのゴーズって男ほどスキルが手に入るものでもなく、個体によって大きく差があるようだ。そう考えたら、ゴーズってやつはよっぽど強かったんだな。自分でなんか言っていただけある。


「冒険者ランクA」「加護レベル30越え」……そう言っていた。もし人間について調べられる機会があったら、ここのところも詳しくなっていきたいな。強いやつは一体どこにいて、どうすれば戦えるのか。


それと、もう一つ明らかになったことがある。それは、討伐時この画面が表示される条件だ。


俺が奴らの魔法を跳ね返して殺した連中は、死んでも画面が表示されることはなかった。こんなことが、以前もあったのを覚えている。


つまり、俺が敵から能力を手に入れるための条件は……。


「あああ……も、もう駄目だぁ!」

「お、お、俺も逃げるぅ!!」


とうとう戦意を喪失してしまったのか、動ける兵士たちも出口に向かってヨタヨタと走り出してしまった。これではもう、実験にすらならないだろう。


逃げられて応援でも呼ばれたら厄介なので、「威迫」で心を折っておく。


「ウガアアアアァァアアヴッッ!!」

「ひぃぎぃぃぃ……!」

「あ、あひぇっ」


そうして兵士たちは全員地に伏し、戦闘を続けられるものはいなくなった。


完勝である。


心が折れて廃人になった奴は……別に殺さないでもいいか。どうせ大したスキルも得られないだろう。


さあ、後顧の憂いも無くなったところで、オプールの仲間たちを脱出させるとするか。


やってきた兵士の数や、建物の外から聞こえて来た音などの情報から、良い案が一つ浮かんでいたのだ。


「なあ、脱出の方法なんだが……」


後ろを振り向き、ひらめいたことを伝えようとした。だが、そこにいた獣人たちの見開かれた瞳。


不審そうなものや恐怖・不安といった、とにかくあまりよろしくない視線向けてくる彼らに、俺は言葉が続かなかった。


何だ、この目は?


彼らが俺に向けているものが、つい先ほど蹂躙した人間達が俺に向けていたものと、同じもの見えて俺は戸惑った。


その中では、比較的まともな視線で、しかし不安と恐怖がないまぜになったような不安定な表情で俺を見ていたオプールが、一歩出て俺に言った。


「ルー……君は、一体何者なんだい?」


何だ、その質問は。

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