16.彼女の視点Ⅱ

 透一と万博会場を見学した二日後、サフィトゥリはパビリオンのアテンダントとしてドゥアジュタ国の外国館にいた。今日は朝から晩まで、一日中シフトが入っている。


(いつもどおり、お客さんは来ないな。会場全体の来場者は増えていても、私は暇だ)


 土産物販売のレジに置かれた椅子に座り、サフィトゥリは誰もいないパビリオン内を見渡した。


 サフィトゥリの故郷であるドゥアジュタ国は根強い民間信仰がありつつもそこそこ近代化した東南アジアの小国で、知名度は特にない。

 会場の外れにひっそりと建つこの小さな外国館に来るのは疲れて寝て過ごす学校遠足の引率の教員くらいで、アルファベットで国名が書いてあるだけのつまらない外観に惹かれてやって来る来場者はほぼいなかった。


 かろうじて布を垂らして異国情緒を出しただけの室内の展示も地味を煮詰めたような地味さで、有名な遺跡や他とは違う伝統芸能などのアピールポイントに乏しい国であるため、スクリーンセーバーみたいな海の映像とどこかでみたような民族舞踊の映像を延々と流すのがメインの内容である。

 国民のほとんどが信じる民間信仰についての文化人類学的な資料コーナーは、呪術師が使う道具などが置かれているので、見る人が見れば楽しいかもしれないが、実際のところはほぼ世俗化した国であるので真実味がそれほどあるわけではない。


(売ってるお土産もまあ、ものが悪いわけじゃないけど面白くはないし)


 土産物販売で売られているのは、更紗でできた巾着に金属製のアクセサリーなどだ。一応ちゃんとした職人が手作りした品物だが、日本のいたるところにあるエスニック雑貨店と比べての差別化はできてはいなかった。


 こうした人の来ないパビリオンのランキングあったら上位入りできそうな外国館であるので、サフィトゥリは勤務時間のほぼすべてを日本の携帯ゲーム機を遊ぶ時間に費やしていた。来場者が来ればもちろん隠すが、最近の携帯ゲーム機はスリープ機能もついているから安心だ。

 コンビニでお菓子を買い、ゲームで遊び、ショッピングセンターで服を買うことで、日々サフィトゥリは日本や大名古屋圏の豊かさを感じている。


(この外国館の残念さに比べると、昨日透一と回ったパビリオンはだいたいどこも普通にはすごかったな)


 サフィトゥリはゲーム機のボタンを連打しながら、一昨日の透一との万博会場の見て回ったときのことを思い出していた。


 付き合った理由は興味関心であり恋心は皆無だったが、透一のような自分とは違う価値観を持った青年と話して歩く時間は楽しかった。透一は自分がないわけではないのに流されやすく真面目な人物で、その従順さが逆にサフィトゥリにとっては面白く感じられる。

 特に最後の観覧車のパビリオンでのキスは、透一の黙っていれば男らしい外見と妙に冷静な思慮深さがなかなか好ましいものに思えた。


(だけど何かこう、透一と万博会場を歩いてみても、テロで爆破させるにあたっての今後の展望みたいなのはあんまり見えてこなかったな)


 サフィトゥリはテロリストであり、大量のプラスチック爆弾を名古屋のとある場所に隠している。それを万博会場のどこかで爆破させたいのだが、設置場所としてはどこもまだぴんときてはいない。


(要するに大名古屋万博て、要所要所では見ごたえがあるけど、これっていうものがないというか)


 大名古屋万博は実際に来場者として訪れてみれば、それなりには面白かった。だが世界の矛盾を詰め込んだはずの万国博覧会の楽しさがそれなりでは、駄目なのだ。


 サフィトゥリはテロリストになるからには、立派なテロ事件を起こしたいと思っている。それは世間に胸を張って自分がやりましたと言える、ちゃんと美学があるように見えるテロ事件でなければならない。


 だから貧相で壊す価値のない万博に、爆弾を仕掛けることはできない。サフィトゥリはたくさんの人を無残に殺し死なせることになるのだから、そこにはその代償に見合ったメッセージが必要なのだ。


(でももう爆弾はあるのだから、爆破は絶対させてみたい)


 目的と手段がめちゃくちゃになっているのは自分でもわかっているが、サフィトゥリはテロをしたい気持ちを失うことはできない。


 携帯にはもう、「カルーセル」から遂行日を決定事項として伝えるメールが届いている。万博の来場者も順調に増えているのだから、とりあえず閑古鳥の鳴いている会場でテロをするという格好の悪いことにはならないはずだ。


(私がテロを起こしたら、透一はどう思うのかな)


 サフィトゥリはどうやら自分に好意を寄せてくれているらしい透一が、サフィトゥリの本来の目的を知ったときに何を思うのかについて考えた。


 好きな女の子がプラスチック爆弾を爆発させようとしているとは普通思いもしないはずなので、きっと少しは驚いてくれるだろう。


 しかし透一がサフィトゥリの正体に傷付いてショックを受けたり、怖がり恐れたりするとは、どうも想像しづらいところがある。


(もしかすると、透一と私は案外似ているのかもしれないね。私は箱があれば開けて逆さにして壊すけど、透一はきっと閉じたままの箱を棚にしまう。でも私も透一も、その箱の中身が空っぽであることは最初から知っているはずだから)


 サフィトゥリがテロを起こしたいのは、世間では正しいということになっている綺麗事を暴いてみたいからだ。透一にはそうした衝動はないようだが、建前が建前でしかないことは多分知っているだろう。


(透一にもちゃんと私のやりたいことが伝わるくらい、すごいテロを起こせるといいな)


 サフィトゥリのゲーム機の画面に、ステージクリアの映像が流れる。


 ドゥアジュタ国の外国館は、今日も静かに時間が過ぎた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る