毒(五)

 その二本とは永瀬から見て、手前の四本のボトルの右から二つ目。もう一本は青田に近い方の四本からは左から一つ目。その二本のボトルを永瀬はピックアップする。まずは青田の側のボトルから。

「このペットボトルのキャップ、継ぎ目があるんですよね。それで綺麗に並べ直すときに揃えておいたんですよ。これはまぁ、私の性分なんですけど」

 永瀬は余裕たっぷりに笑みを浮かべた。

「そういう日頃の行いの正しさが『運』を呼び込むのかもしれません」

「『行いの正しさ』ですって!?」

 思わず志藤が声を上げてしまう。永瀬は実際に人一人を死に導いたと認めているのだから、志藤の叫びはこれ以上無いほどの正しさがあるはずだった。だが永瀬はそんな「当たり前」を冷たく睥睨し、さらに青田への挑発を繰り返す。

「……それなのに、ある瞬間から綺麗に並んでいた継ぎ目が一本だけ余所を向いていた。ある瞬間――つまり青田さんがスマホを落とした時ですね。志藤さんに言われて目を離した時……ああ、ということは志藤さんはズルに噛んでいたことになる」

 永瀬は愉快そうに嘲りの笑みを志藤に見せつける。そしてこう告げた。

「……何だ。簡単ですね、推理って」

「それは!」

「ああ、言い訳は結構。私の『運』の前では意味が無いと言ったはずですが……それで青田さん?」

「……わかりました。ズルしていたことは認めましょう」

 青田はそれでも感情が見えないように装って永瀬に応じていた。だが緊張だけは隠しようもない。

「継ぎ目……この暗さで良く……」

 次いで発せされる青田の後悔の言葉。

「触ればすぐですよ。そして『ある』とわかればこの暗闇でも結構見えるものです」

「これは確かに俺の運が無い。いや……」

「そうですよ。私の『運』が強いだけ。いつも通りにね」

 永瀬は悠々とボトルの位置を入れ替えた。そして見せつけるように、ボトルを『綺麗』に並べて行く。青田は何も言わず、それを見つめていた。志藤には一体何が起こっているのか理解出来ない――「俯瞰」できない。

「では、お約束通りゲームを始めましょう。青田さんから始めるというお話でしたよね」

「いえ。ズルがバレた以上、もう一度シャッフルを」

「何を言ってるんです? 青田さんが飲み干すのは、に決まっているでしょう?」

 永瀬がそう言って示したのは入れ替えた一番左のボトルだった。つまり何かの仕掛けが施されていると目されるボトルだ。それが今の状態では一目瞭然。だが青田からのシャッフルという提案を永瀬は正面から否定した。いや否定する以上の「命令」を下した。それが当然であるかのように。それはあまりにも理不尽な要求に思えたが――ただ一人、青田だけは、それを理不尽には感じないだろう。そしてそれを永瀬は見抜いていた。

「青田さんは『軍師』を目指しているんですよね。それなのに青田さんは今、負けた。それをシャッフルして負けを誤魔化して、それで良いんですか? 自分の策の責任を取らなくて良いんですか? ああ、安心して下さい。私にはわかりませんが、そのボトルを選び出して私の側のボトルと入れ替える根拠……というか目印があるんでしょうね。継ぎ目と同じように。ああ、もしかして、それに気を取られて継ぎ目に気付かなかったとか?」

 そこまで一気に話し、一拍おいて永瀬が「これも推理ですね」とおどけたように自らの言葉を評した。そしてさらに続ける。

「ただ、そういった目印に関しては青田さんを信頼します。そのボトルには何か細工がしてあって、それを青田さんは間違いなく選び出したんだ、と。だから、さぁ――」


 ――飲み干して下さい。


 絶対の信頼と共に、永瀬は青田に詰め寄る。それは「信頼」という言葉をバラバラに引き裂くような行為であったのだろう。だがしかし、そんな永瀬の行為を咎めるような声は上がらない。いや……上げている場合では無い。

「青田! ……毒では無いんだろ!?」

 縋るように志藤が青田に問い掛ける。しかし青田は何も答えず――ただ顎の先から汗が一滴。

「……! 毒……なのか? お前のコネなら可能性はあると思っていたが、それなら飲む必要は無い! 失敗したんだ。失敗とわかっていて飲む必要は――」

「あります」

 青田が短く答える。

「命がけで策に殉じること。それもまた『軍師』の条件です。ここで逃げ出してしまっては、もう俺の将来に『軍師』は無い」

「わかっていましたよ」

 揶揄するように永瀬が口を挟む。

「逃げる、というか全部を無しにしてしまうチャンスはいくらでもあった。だけど青田さんはそれをしなかった。だから、そういう心境である事を私は『推理』出来たんです。ねぇ、志藤さん。今度は私が出てくる新作に取りかかりましょうか? 『探偵』は私で」

「構うな青田! ここで死ぬ必要なんか無い! どうせ永瀬さんを捕まえることが出来ないんだ。お前だけが――」

「……そういう相対的な問題では無いんですよ」

 その志藤の叫びが「とどめ」であったかのように、青田は永瀬に指定された左端のボトルを掴む。蓋を捻って開ける。そして一気に――


 ――飲み干した。

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