毒(四)

 永瀬は愉快そうに口元を歪めながら自分の命を簡単に差し出した。そんな永瀬の発言に志藤は慌てる。

「殺すって! 青田が!? それはいくら何でも――」

「これは聞かされていないんですか? ああ、そう言えば毒の可能性を随分危ぶんでましたね、志藤さん。その点は私も同じです。もっとも私は今では確信してます。だって……仮に実際にゲームが行われたことが証明されたとして、私を捕まえる方法ありますか?」

「それは……殺人……にはならないのか」

 志藤がその事実に気付いた。気付かされた、と言うべきであったかも知れない。

「『殺人』にはならないでしょうね。タチの悪いゲームを行った……強制したとは証明できないし、実際強制したわけではないんでしょう?」

 続いて青田が斜め上を見上げながら他人事のように論評し、最後には永瀬に確認する。

「その点は青田さんの推理通りですよ。私は何も強制してない」

「となると、どんなに悪くても執行猶予付きで出てきますね。やりようによっては不起訴まであるかも知れない」

 青田が自らの推理がもたらした結果を、自らで無意味であると論評してしまった。

「ま、待ってくれ!」

「そうなると永瀬さんにさほど影響は無いでしょうね。今の仕事は失うことになるでしょうが……恐らくこれが最大のダメージ」

 慌てて止めようとする志藤に構わず青田は説明を続けた。そして最後に付け足された言葉で、実際に志藤を止めてしまう。意表を突くことによって。

「――最大のダメージ?」

「ああ……お気づきでしたか。それに志藤さんには本当に何も知らせていないようだ」

 一方で永瀬は青田の発言の意味を理解していた。いやその前に青田の理解が先だったのか。

「では、俺が差異があるだろうなと予想していた部分も的中していましたか」

「待ってくれ! 話が見えない。どういうことなんだ?」

 志藤がたまらずに叫ぶ。

「――先ほどのゲームの仕方、永瀬さんが行っていた、という部分は誤魔化していましたから、わざと余計な手間を掛けていたんです。ですから『緊迫感』の必要性を強調した」

「あれは実に参考になりました」

 そんな永瀬の言葉を、志藤は鼻白みながら無視してさらに青田に説明を要求する。

「手間だって? じゃあそれは省く事が出来るっていうことか?」

「『俯瞰』して下さい先輩。固有名詞で考えるから見えなくなる。藤田さんと永瀬さん。――即ち『小説家』と『編集』です」

 そう青田に告げられた瞬間、反射的に志藤は「俯瞰」する。そして、つぶさに状況を理解してしまった。例えば自分と同じように「小説に使えそうなアイデアあるんですが聞いてみてくれませんか?」とでも永瀬が囁けば接触は容易たやすい――その可能性に志藤は気付いたのだ。さらにはゲームの最中の指示もスムーズに行えるだろう。そんな風に想像することも志藤には容易かった。

 だがそれでは。

 だが――それでは……

「……そんな事されたら『作家』は『編集』に逆らえるはずがない! 『作家』にネームバリューがあるならともかく……」

 血を吐くように志藤が叫ぶ。だが、それでも青田は揺るがない。それどころかさらに永瀬の思惑を読む。圧倒的に無慈悲に。

「その優位性が永瀬さんには面白く無かったのでしょう。そこで次の標的に選んだのが――俺、というわけです。先輩の過去の著作で、どういうわけか俺には『奇矯』なんて評価がついて回ってますから」

 志藤はよほど腹に据えかねてしまったのか、青田とのいつものやり取りに応じる気配さえ見せない。唇を噛んで、必死に怒りを抑えているようだ。永瀬はそんな志藤を見て愉快そうに笑い出す。そして眼鏡の奥の瞳が次に捉えたのは青田だった。

「――いやいや。会ってすぐの私がこんな事を言うのはどうかと思いますけどね。青田さんは十分に『変』ですよ。まさかここまで見透かされるとは考えていませんでした。ですが、その分ゲームはスリリングなものになりそうです」

「ですが、永瀬さんは勝つことを確信しているのでしょう? そこにスリリングを見出すのは……」

 青田もまた平然と永瀬に応じる。さらには反論まで行った。それに対して永瀬も真摯に応じる。

「そうですね。私はゲームに勝つことで自らの優越性を確認しているのかもしれません――ただ、今回はゲームをするまでも無いようですね」

「ゲームに参加して頂けるお約束ですが?」

「もちろん。参加させて頂きますよ。ただ当たり前の条件が揃わないとゲームにならないでしょう? それは青田さんも同意見だと思いますけど。確か……そう。『公平性』でしたっけ?」

 永瀬の言葉遣いがやけに芝居がかってきた。その反対に青田の表情に変化が見える。感情が見えなかったはずのなのに、今は――「焦燥」。そのような感情が見える。そんな青田の変化を感じたのか、永瀬は身を乗り出して青田を観察――いや、それはただの挑発行為。

「『ズル』はダメですよ、青田さん。ゲームするなら条件は同じで無いと」

 その証拠に永瀬はさらに青田を煽った。

「お、おい青田」

「このズルは志藤さんも聞かされていたんですか? いえ、どっちでも構いませんよ。結局、私が勝つんですから――ああ今日も私の『運』が全てを押しつぶし、勝利を私に差し出してくる」

 そう言いながら永瀬は二つのボトルを手に取った。それを見たとき――果たして青田の顔色が変わった。

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