沈黙の意味(四)

 つまりは事実上、藤田はハルミックスに貢いでいたのと同じ状態だったのだろうな、と志藤は判断した。ハルミックスの美貌は間違いのない所。今回、こんな風に目立たない……とも言い切れないが、時にはもっとこう扇情的な出で立ちだったりしたこともあったのではないだろうか。となると、藤田としては格好も付けたくなる。そのために手っ取り早い手段は――やはり経済力に縋るしか無いだろう。

 こういった会合に伴う出費はもちろんのこと塩井高晴絡みのイベントにも、結構出費していることが窺える。格好を付けながらハルミックスと「同好の士」であることを示さねばならないのだ。その上さらに「海賊ジシュカ」絡みの出費もある。「カーバンクル調教法」でいがみ合いを続けるためには、情報収集の必要もあったに違いない。

 そんな日々を想像しただけで、志藤にとってそれは塗炭の苦しみとしか言い様が無いのもまた事実。当の藤田本人は、そんな日々を嬉々として送っていたとは思うのだが、やはり虚しい。

 だが、とにかくハルミックスが喋るにまかせておいたことによって、情報を集めると同時に相手にも質問に答える余裕が出来たようだ。改めて塩井高晴への愛――に似た何か――を再確認できたことによって、代用品であるところの藤田への執着が薄れてきたとも言える。

 そもそも声だけで藤田を代用品に出来るハルミックスの柔軟性を褒めるべきなのか、それとも藤田を代用品にしたハルミックスの非道を心の中だけでも非難するべきなのか。とにかく自分にとっては及びもつかない世界の物語――ということで収めておくしかないと志藤は割り切ることにした。

 そろそろ自分のターンということでハルミックスから積極的に情報を引き出さなくてはならない。もちろん塩井高晴の情報以外をだ。今まで大人しく話を聞き続けた結果、ハルミックスも多少は打ち解けてくれたように思うし、やたらに名前が長くて馴染めないサイズの飲み物の注文を繰り返す事も出来れば避けたい所だ。

「――なるほど。カチアン先生は随分頑張っていたんですね。それだけにジシュカの魅力が伝わってくると」

「そうですそうです。ジシュカももちろんですけど、やっぱりキュソくんの魅力も大事ですし」

 結局話を合わせ続けなければならないのが厄介ではあるのだが、それでも志藤は「カーバンクル調教法」での藤田の様子を別角度から知ることが出来た。いや「カーバンクル調教法」においても藤田はどちらかというと、ハルミックスに媚びを売るために頑張っていたらしいことは悟らざるを得ない。

 「傾国の美女」とは明らかに過ぎた表現ではあるのだろうが、ハルミックスが藤田を踊らせていたのは間違いないところだ。しかし、これが判明しても藤田の「不自然な死」についての謎を解くための鍵になるかどうかは、当たり前に疑問が残る。ハルミックスの歓心を買うために、良からぬ人間と接触する――具体的に想定出来ないのだが――という行動をしていれば、いくら何でも警察が気付くだろう。接触していたとしても、ごく短い間。死の直前辺りでは無いのだろうか? とすれば藤田の死を知らなかったハルミックスは――

「ああ、でも本当に残念です。やっとジシュカが強くなったのに……」

「え?」

 そのハルミックスの言葉に志藤は思わず声を上げた。

「あ、ですからですね。カチアン先生さんの『ジシュカ』がせっかく強くなったところなのに、そんな事になっていたなんて……」

「い、いや、そうではなくてですね……ええと、それはプレイスタイルが変わったとか?」

「課金だと思いますよ。というか他の理由……思いつきません」

 あっさりとハルミックスは「課金」と口にした。「カーバンクル調教法」での攻防の焦点は、まさに課金の有無であったはずなのに、それを根本からひっくり返すハルミックスの証言。志藤は思わず瞑目した。ハルミックスにとっては、まずジシュカ、引いては塩井高晴が重要なのだ。だから「カーバンクル調教法」でどういう経緯で論争が起こっているのかにも関心がない。ジシュカを応援できれば、それで十分なのであろう。

 志藤はその理屈を解した上で放置を選択。もっと重要な観点であり重要な証言。つまり「気ままにカーバンクル」プレイ中の藤田はどうだったのかという観点と「課金」していたという証言。それが最優先で確認すべき事柄だからだ。

「申し訳ない。カチアン先生が課金してたというのは傍から見てればわかるものなんでしょうか? えっと……例えば、ランキングとか」

「ああ、そうですね! ランキングがわかりやすいと思います。あの時はカチアン先生さんの『ジシュカ』の順位がすごく上昇していて。やっと『ジシュカ』が相応しいポジションになったっていうか、ランキングは他のキャラクターばっかりで……」

 どうやら藤田が何かしたのは間違いならしい。それはもちろん「課金」と考えるのが妥当ということも志藤にはわかる。しかしそれなら何故――


(それなら何故――イダ熊はそれを言わなかったのか?)


 という疑問が同時に発生してしまう。そしてそれは同時にあの時、志藤が感じた違和感に繋がる。メッセージのやり取り時に発生した僅かなラグ。あれが発生したのは、まさに「藤田が課金したのでは?」とイダ熊が疑問を呈するべきタイミングだったのでは無いだろうか?

 後でそれは確認するとして、それが正しかった場合、イダ熊は何故沈黙したのか――?


 志藤はハルミックスに礼を告げると会合を切り上げて、再び山手線外回りに乗り込んだ。電車の揺れに誘われるように、思考の海に深く心を委ねながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る