沈黙の意味(二)

 塩井高晴と「気ままにカーバンクル」にはどういった関係があるのか――?

 実際、そこには何の不思議も無い。塩井は「海賊ジシュカ」というキャラクターの担当声優。所謂「中の人」であるというだけの話である。塩井の名前が出てくるまでプレイしながら志藤はまったく気に止めなかったが、ソシャゲにおいて「中の人」はなかなか重要なファクターであるらしい。時にはホールを抑えての「ファン感謝祭」みたいな事も行われているのだから。そういった場合、中心になって感謝祭を盛り上げるのはやはり声優であるようだ――志藤はその辺にはさっぱり疎かったので、入場者数などそういった目に見える数字で驚くしかなかったわけだが。

 「気ままにカーバンクル」は各キャラクターをかなり「立たせた」造形であったので、その点ではイベントも盛り上げやすい――と識者のコメントがあった。もちろん「中の人」ことキャスティングされた声優陣の熱演も盛り上がりを見せた理由ではあるのだろう。

 そういった周囲の状況を何となく把握しながら、志藤はそれを藤田を中心とした事象に当てはめて行く。つまり藤田が「気ままにカーバンクル」において中軸として使用しているキャラクターは「海賊ジシュカ」。これは厳然とした事実だ。そして「海賊ジシュカ」の中の人が塩井高晴。言うまでもない事だが、まったく両者は関係ない。だが、ここに絡んでくるのが「ハル×3」ということになる。どういった経緯かはさすがにわからなかったが「ハル×3」がカチアン先生擁護に回ったのは、単純に「ジシュカ使い」を応援しての事のようだ。

 ここで状況がややこしくなるのだが塩井高晴自身が「気ままにカーバンクル」とは関係のない雑誌で、


「ジシュカが好きですね。り甲斐があるっていうか……演じていて楽しいですし」


 とインタビューに答えたらしい。そこで塩井高晴のファンとしては「キュソはガチでジシュカが好きなんだ」となり「私たちも応援しなくちゃ」という展開に至ったらしい。もちろん一部のファンは、という注釈が付く事は忘れてはいけないのだろう。そして、その一部に「ハル×3」は含まれており、どういう経緯があったのかこれまたわからないのだが、藤田と直接会ったりもしているらしい。志藤が掴めたのはここまでで、そこから先は会ってみてから――そういう段取りになっている。

 何処かに迷惑を掛けるような事態にならなければ良いが、と思いながら志藤は内回りの山手線に揺られていた。時刻は午後三時。「ハル×3」は大学生であるらしく、本日水曜日はその時間帯が丁度良かったらしい。そして待ち合わせ場所の池袋が、どのように都合が良いのは志藤にはわからなかったが……

 今日は志藤も開き直って、グレーのパーカー。そしてジーンズ。気温が下がったことによって、結局こういった出で立ちに戻ってきてしまう。座席に座りながら周囲の状況を見渡すと、結局多数決で正解を選び出したのだと志藤は納得することにした。この時間帯であるから、そもそもスーツの絶対数が少ないわけでもあるのだが。

 車窓から覗く空模様は良く言って曇天といった具合だろう。折りたたみ傘は持ってきていただろうか? 志藤はショルダーバッグの中を探った。


 待ち合わせは普通に池袋駅前だった。これではお互いの姿がわからない以上、面倒なことになりそうだと志藤は考えていたが「案ずるより産むが易し」という言葉が相応しいのかどうか――「ハル×3」は目立っていた。というか悪目立ちしていた。

 濃紺のパーカー、デニムのミニは良いとしてもだ。その辺りは志藤も「同病相憐れむ」というべきかも知れないが、ピンクとホワイトのボーダーニーソックスは確実に浮いていた。真っ赤なリーボックも同様だ。その出で立ちはスルーしたとしても、色を少しも抜いていない黒々とした長い髪を三つ編みにまとめ、冗談みたいに太い黒縁の大きな眼鏡姿。いっその事、何かのコスプレだと考えた方が据わりが良いのかも知れない。その上で、この女性は背が低かった。背が高くても目立つように低くてもそれはそれで目立つものだ。待ち合わせなどしていた時は特に。しかも半透明のブリーフケースから覗いている「海賊ジシュカ」のクリアファイル。確かに手間取るだろうと思っていた待ち合わせを、これほど簡単に済ます事が出来た事には感謝するしか無いのだが……

「あなたが『ハル×3』さんですか?」

 様々な覚悟を決めながら志藤が「ハルサンジョウ」ということにして声を掛けると、「ハル×3」はコクコクと頷きながらこう返してきた。

「そ、そうです……ちなみに、あの『ハルミックス』と言います」

「そうでしたか。それは失礼しました」

 そんなルビの振り方が果たして「一太郎ワープロソフト」に可能なのだろうか? と志藤が心理的に逃避しながら名刺を差し出した。それを恐縮しながら受け取る「ハル×3」いや「ハルミックス」。イダ熊のようにわかりやすく、取っつきにくいだけ親切なのかも知れない、と志藤は続いて諦観に至った。

 その後、ハルミックスの提案でメジャーなカフェチェーン店に向かう。ショッピングパークの方だ。志藤に否も応もなく、ようやくのことでハルミックスへの取材の状況が整い――いや、実際には何も始まってはいないのだが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る