荷造りとパンツと前途多難

「ねえちょっと優希人ー。これ閉まらないんだけどー」


 土曜日の午前中、1ヶ月分の荷造りをしている最中の母さんが俺を呼んだ。


「はあ。だから適当に詰め込みすぎなんだって」


 入ればそれでいいと言わんばかりのぎちぎちのキャリーバッグを見て、俺はため息をつきながら、中を覗き込んだ。


「おい待て、なんで俺のエロ本とエロゲーが!?」


 覗き込んだ瞬間見えた、見覚えのありすぎるブツ。

 この2つ特にお気に入りのやつじゃねえか! というかなんで隠し場所知ってんだよ!?


「滞在先でそれを恭介さんに見せればムラムラしてあわよくば襲ってくれないかと」


「バカこの! んなもんネットで調べて見せろや!」


「それだと履歴に残っちゃうじゃない」


「履歴に残るのはダメで息子の性癖を義父にバラすのはオーケーなのか!? どういう判断基準だ!」


 というか履歴も消せばよくない!? もうやだこの母親!


「とにかくこれは没収だ! 部屋に戻してくる!」


 なぜか不服そうな顔をする母さんを一睨みして、階段を駆け上がって元の場所に置くと、俺はまた階段を降りてリビングに戻った。

 まだなんかとんでもないものを隠してたら困るからな。1から調べ直した方がいいだろう。

 バッグの中身を全部ひっくり返し、衣服は綺麗に畳み、小物しっかり配置を考えて入れていく。


「……なあ、勝負下着はまだ100歩ぐらい譲って分かるが、こっちの液体は?」


「知りたいの?」


「いやいい」


 知らない方が正解だ。

 触らぬなんとやらに祟りなしってな。


「あんた今日バイトだったわよね?」


「ああ、もうすぐ出ないといけないから、それまでにはある程度終わらせておきたい」


 バイト終わって帰ってきて、この母親のあれこれに付き合ってるだけの体力が残ってるか分からないしな。

 って言っても、これ以上変なものなんて出てきそうも……ん?


「なあ、こんなの持ってたっけ? 俺見たことないんだが」


 服の整理をしていたら、見覚えのない水色のパンツが出てきた。

 俺は洗濯もちょくちょくしているため、不本意にもほどがあるが、母さんの下着類は大体覚えてしまっている。

 新しく買ったのか? いや、母さんが履くにしてはちょっとデザインが可愛すぎるような……?


「あら? それ私のじゃないわよ?」


「………………ゑ?」


 母さんが放ったセリフにパンツを握り締めたまま、動きを止める。

 ちょっと待て、この家にいる女性って母さんと……!


「いのりちゃんのが紛れ込んじゃってたみたいね」


「ア゛ッ!!」

 

 俺はパンツをその場に残して、派手に吹っ飛んだ。

 そのまま勢いのままにリビングの入口まで滑っていく。

 

「きゃっ!?」


 慣性の赴くままに滑っていた俺は、なにかにぶつかってその勢いを止めた。

 声の主からして、間違いなくぶつかった相手はいのりだ。

 

「わ、悪い! だいじょう……ぶ、か……」


 床に這ったままの体勢で見上げると、そこには膝より少し上ぐらいまでのスカートを履いたいのりが立っていた。

 つまり、俺の位置からはスカートの中が見えそうになってしまっているわけで、実際今も太ももの際どい部分まで見えている。


「デェア゛ッ!?」


「ユキくん!?」


 這ったままの体勢だった俺は、横殴りされたように元いた場所までぶっ飛ばされた。


「ちょっとなにはしゃいでるのよ。埃が立つでしょうが」


「別にはしゃいでるわけじゃねえよ……」


「で、いのりちゃんはどうかしたの?」


「え、えっと、お父さんの方の荷造りが終わったので、まだだったらお手伝いしようかと思ってきたんですけど」


「ああ、そのタイミングでうちの息子が吹っ飛ばされてきて驚いたってわけね」


 どのタイミングだろうと目の前に人が吹っ飛ばされてきたのを見たらびっくりするんじゃと思ったが、吹っ飛んでいる張本人がそれを言うのはあれなので、黙っておいた。


「そ、それで、ユキくんはなんで飛んできたんですか?」


「これ。いのりちゃんのよね? 私の荷物の中に紛れ込んじゃってたみたいでね」


「えっ? ……それって、まさか……!」


「いのりちゃんのだって分かった瞬間、凄まじい勢いで飛んでいったわよ」


「マジで不可抗力だったんです! ごめんなさい!」


 横倒し状態から、全身のバネを使って飛び上がり、流れるように土下座へと移行した。

 

「っ――! うぅーっ……!」


 するといのりは今まで見たことないぐらいに顔を紅潮させ、目を潤ませながら、母さんからものすごい速さでパンツを奪取。

 そのまま胸に抱くようにして、リビングから逃げるように出て行ってしまう。

 間を置かずに、階段をドタバタと駆け上がる音が聞こえてきた。


「おいこらどうすんだよ! 明日から2人で暮らすんだぞ!? 初っ端から気まずくなってるじゃねえか!」


 なんかこんな展開身に覚えがある気がする! 


「知らないわよ。私だって紛れ込ませたくて紛れ込ませたわけじゃないんだし」


「だぁーっもう! どうすんだよ、マジでこれ!」


「そんなことよりあんたバイトの時間じゃない?」


「そんなことじゃない! ないんだ、が……! あークソっ、行ってくる!」


 文句は帰ってから言うからなと言い残し、リビングから出る。


「あっ……その、いのり……」


「……っ!」


 リビングから出ると、戻ってきたいのりと鉢合わせてしまった。

 唇をきゅっと引き結んだいのりは、顔を赤くしたまま、結局なにも言わずに俺と入れ替わるようにリビングに入っていった。


「あーもうっ! 行ってきまぁす!」


 理不尽さに耐えるようにしながら、2階へと駆け上り、荷物が入ったデイパックを手に持った俺は、やけくそ気味に叫び、家を飛び出した。

 

 なんでこうなるんだよチクショウ!

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