昼休みとみんなの料理の腕事情

「――おー、湊の弁当、今日も美味そうだな」


 昨日の夜、家族で外食に行ってから時間は経ち、次の日の昼休みになった。

 学食に飛び出していく男連中や、どこか別の場所で食べるために移動していく女子たちに倣い、屋上へと移動した俺たち。


 湊が開けた弁当箱の中を見ながら、俺は呟いた。


「そうでしょー? 今日のは自信作! 特にこの厚焼きのだし巻き卵!」


「わ、すごいきれい……これって晴花ちゃんが、作ったの?」


「うん、そーだよ。いのりちゃんの方は? 自分で作ったやつ?」


「え、えっと……それはー」


 いのりがチラリと俺を見た。

 その視線だけで、湊は全て察したように頷く。


「あーなるほど。早瀬かー」


「……です」


「早瀬さんってもしかして」


「まあ、なんだ。父親が料理が趣味でな。それで朝昼晩毎食作り置きしたり全部作ってしまうから中々料理をする機会がなかったらしく、料理が苦手だそうだ」


 近くに腰を下ろして同じように弁当箱を開けていた司に、いのりの代わりに説明をしながら、自分の弁当箱に入っていた卵焼きを1つ、口に放り込んだ。

 

「うう……」


「ほらほら、せっかくのご飯時に暗い顔はなし! はい、あーん!」


「わっ、むぐっ……お、美味しい……! これ、本当に晴花ちゃんが?」


「うん、そだよー。と言ってもやっぱりお父さんに比べたらまだまだだなー」


 自信作だと言っていた鮮やかなだし巻き卵を一口囓り、湊はたははと笑う。


「そりゃまあ、本職に比べるとな」


「本職?」


「あれ、お前言ってなかったのか?」


「昨日は学校案内したりであんまり時間がなかったからねー」


「そういうことか。いのり、湊の家はな、俺のバイト先なんだ」


 特に隠す必要はないので、さらりと口にする。

 いのりは俺の言葉を噛み砕き、理解するように目を数回瞬かせた。


「バイト先って、あのカフェ?」


「そそ。実際にはカフェと定食屋をくっつけたみたいな感じなんだけどね」


 確かバリスタとしてカフェをやりたかった母親とコックとしてレストランをやりたかった父親の意見を融合させて出来たのがあの店だったか?


 バイト先が出来たルーツを頭に浮かべていると、校内へと繋がる扉が音を立てて開いた。

 視線は自然と音がした方へ吸い寄せられる。


「――わりい、遅れた。購買が思いのほか混んでてな」


 そこには戦利品である惣菜パンを両手に抱えた玲央が。

 

「混んでた割によくそんな人気のパンを買えたね? この時間って運動部も購買に殺到して目的のものを買うのすら大変なのに」


「鍛え方がちげーんだよ。こちとら日々暴漢に襲われたり、幼馴染みから追い回されたりしてんだからな」


 それにしたって、体力やフィジカル面に優れてる運動部連中が集う昼の購買でそんなにたくさんのパンが買えるなんて……さすがにフィジカルエリートがすぎるだろ。


「あれ? というか梓ちゃんは一緒じゃないの?」


「知らん。オレはいつもあいつと一緒にいるわけじゃねえんだよ。ったく、せっかく学校では関わらないように出来てたってのに、クラスが一緒になっちまったせいで……」


 オレの安寧の地が、とかなんとかぶつくさ言いながら、玲央はカツサンドを頬張った。


「で、オレが来る前まではなんの話をしてたんだ?」


 これ以上相羽さんとの関係を突かれたくないんだろう、玲央はそんなことを言い出した。

 どうしてそこまで相羽さんのことを避けてるんだ、こいつは。

 品があって可愛くて胸が大きくておっぱいが大きい幼馴染みに好かれるなんて、玲央にとっては本来ならそれこそ100回ぐらい紐無しバンジーを受けても文句を言えないぐらいの余りある光栄だろうにな。


「料理が出来るかどうかって話。岬と雨梶もそれなりには出来るよね」


「まあ、オレが作らないと我が家はきっと食中毒で全滅するだろうし……うちのチビたちに親父とお袋の料理を食わせるわけにはいかないからな……」


 話を聞く限り、玲央の家は玲央と両親、そして幼い双子の兄妹がいるとのこと。

 何故か両親揃って料理が出来ず、玲央が作らないとスーパーの惣菜ファストフード冷凍食品インスタント食品と幼い子供に食べさせるには栄養が偏りすぎる食事になってしまうのだとか。


「僕は毎日作ってる優希人と玲央ほどじゃないけどね。本当にそれなりには、かな」


「もしかして……この中で料理が出来ないのって、私だけ……?」


 全員が料理が出来ることを聞いたいのりが、愕然とした表情を浮かべて項垂れた。


「早瀬、大丈夫だ。梓も出来ないから」


「えっ……!」


 仲間がいると分かった瞬間、嬉しそうに顔を綻ばせるいのりが今日も可愛い。

 この笑顔だけで白米3杯食える自信が、俺にはあるね。

 ……やっべ、笑顔が眩しすぎて胸がいっぱいでこれ以上弁当食えそうにねえわ。


「意外だな。相羽さんなら、花嫁修業とか言って色々と修めてそうなのに」


「…………あいつも何故か料理だけは出来ないんだよ。いらんアレンジ加えようとしてな。それ以外は大体出来るってのに」


 おっと、幼馴染みのことは知ってますアピールか? これは俺に対するマウントと取ってよろしいので?

 

「――すみませーん! お待たせしましたー!」


 脳内でいかに迅速に玲央を処すかを考えていると、開け放した扉の方から相羽さんがこっちに向かって小走りで走ってくる。

 いかん、揺れる胸に目が吸い寄せられるッ……! 逸らそうとしても逸らせない! もしいのりに胸をガン見していることを気付かれたら俺への評価がマイナス修正されてしまうかもしれないというのにッ!


「おー梓ちゃんお疲れー。どこ行ってたの?」


 俺の煩悩と理性があまりにも醜い争いをしている間に、相羽さんは俺たちの元へと辿り着き、玲央の近くに腰を下ろした。

 よかった、もしあと少しこっちに来るのが遅れていたら、俺は自らの両目を指で突いて光を失わせるという選択をせざるを得なかったかもしれないからな。


「いえ、あの……ちょっと呼び出し、と言いますか……」


「もしかして告白!?」


 自信作だと言っていた弁当ではなく、目の前にある美味しそうな話に食いつきを見せる湊に、相羽さんは困ったように微笑んで頷いた。


「お恥ずかしながら、その通りです」


「へー! で、なんて返事したの!?」


「まさか、付き合うのか!?」


 湊と玲央が期待に満ちた目で相羽さんを見た。

 この2人の期待のベクトルが全く別方向な気がする。


「もちろんお断りしました」


「チィッ……! さては相手がとんでもないブサイクだったんだな?」


「暴論がすぎるだろ」


 お前の悔しがり方はおかしい。


「そういうわけじゃないですよ? ただ、わたしには玲央がいるので」


「おいまさか……お前、振る時にオレの名前出したんじゃないだろうな?」


「だって! わたしがどれだけ玲央を好きなのかを分かってもらうためには仕方なかったんです!」


「だってじゃねえ! お前なんてことしてくれたんだ! 無闇にオレの恥が出回り、無駄に敵が増えるだろうが!」


「……敵? どういうこと?」


 吠える玲央を見て、司が首を傾げながら、俺を見た。

 ふむ……玲央が言いたいのは、つまり……。


「相手からしたら振られた挙げ句告白した相手から好きな奴についてののろけを延々と聞かされてヘイトが溜まって玲央に恨みを抱くかもってことか」


「ああ、なるほど」


「そ、そいつ……オレに対してなにか言ってたりしなかったか?」


「えーっと……去り際になにか呟いてましたが、声が小さかったので最後までは聞き取れませんでした」


「いいから聞き取れた部分を話せ」


「雨梶の野郎、ころ……と」


「そこまでいったらもうあとに続く言葉は『してやる』か『す』の2択しかねえよこんちくしょう!」


 玲央に対する刺客がまた1人増えたみたいだが、それからは特になにもなく、久しぶりの屋上での昼休みは過ぎていった。

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