好きな子と初めての下校

「ったく、いつものこととはいえ……酷い目にあったな」


 ま、俺もクラスの奴らが女子と行動してたら迷いなく同じことするだろうが。

 なにやら用事があるという玲央と別れた俺は、1人で独りごちながら家に向かって歩く。


 そういや昼飯どうすっかな。

 家に母さんがいるし、作ってくれて……いや、母さんなら……『お帰り。で? ご飯まだ?』とか言いそうだ。


 もしかしたら恭介さんがなにかしらを作り置きしてくれているかもしれないが、自分で作るのも悪くないし、店で食って帰るのもありだ。


「――キ……ん……!」


「いのりが俺を呼んでいる!」


 昼飯をどうするかについて考えていた俺の耳が、後方から聞こえてきたいのりの声を捉えた。

 勢いよくバッと振り向くと、そこには小走りでこっちに駆けてくるいのりの姿が。

 ふっ、やはり俺の耳は正確だったようだな。いのりの声ならたとえどれだけ離れていても聞き逃さない自信がある。(狂気)


「俺の方が先に帰ってたのか」


「はぁ……はぁ……うん、晴花ちゃんに……学校の中を……案内して、もらってたんだ……」


「無理に喋らなくていいから。ゆっくり呼吸整えな」


 たまたま近くにあった自販機でミニサイズの水を購入し、息を荒げているいのりに差し出した。


「あ、ありがと……ふう……ちょっと落ち着いた。今お金渡すね」


「気にするな。バイトで稼いでるからな。きょうだいに水1本奢れないような懐具合じゃないぞ」


「ふふっ、それならお言葉に甘えて奢られちゃおうかな」


 なにかがツボにはまったのか、いのりはくすりと微笑んだ。

 その微笑みだけで世界中から戦争が消え去りそう。


「でも、よく私が呼んでるの分かったね。結構距離あったし、声も聞こえづらかったと思うのに」


「俺はぬんぐっ!」


「えっ!? どうしたの!? って口から血が出てるよ!?」


「なんでもないんだ。ただちょっと口の内側を噛んで発言を自制しただけだから」


「一体なにを言おうとしたの……?」


 ひゅーあっぶねえ。さっき思ったいのりの声ならどれだけ離れていても、という気持ちの悪い発言を本人に向かってかましそうになっちまったぜ。

 口から血が出てはいるが、口が裂けてもそんなこと本人に言えるわけがない。


「そんなことより、いのりは昼飯ってどうする?」


「あ、そっか。今お昼前だもんね。こうして帰ってるのに全然考えてなかった。ユキくんはどうするつもりだったの?」


「食べてから帰ろうかとも思ってたんだけど、今日の夜、外食って話じゃん」


「そうだね」


 今日の朝、家を出る時に進級祝いってことで外に食べに行こうって話になった。

 それなのに昼も食べて帰るっていうのはどうなんだろうな。

 いくらバイトしていると言っても、なるべくお金は使わないに越したことはないし、


「やっぱ家に帰って食うか」


 頭の中での考えを途中で言葉に変え、俺が提案すると、いのりはこくりと頷いた。

 なにもなければ俺が作ればいいだけだしな。


「初めての学校はどうだった? 上手くやっていけそうか?」


「うん。緊張はもちろんしたけど、晴花ちゃんはとってもいい人だし。相羽さ……梓、ちゃんも親身になってくれたから」


「まあ湊はいいやつだからなー。相羽さんは話したことないから分からないけど、上手くやってけそうならよかった」


「……ふふっ」


「ん? どうした?」


 笑えるぐらい俺の顔がおかしいってことか? もしそうなら今すぐ整形手術の予約を取らないといけなくなるが……口座にあるお金で足りるか……?


「いや、なんかユキくんがお父さんみたいなこと言うから、つい笑っちゃっただけ」


「そ、そうか? いやー俺の中の隠しきれない父性が出ちゃいましたかー」


「あははっ。でも、実際ユキくんって面倒見もいいし、きっといいお父さんになると思うよ」


「んぐぉっ……」


 いのりの剛速球気味のカウンターに、俺は思わず変な声を出してしまった。

 え? これ遠回しに私と結婚していいお父さんになってほしいっていうプロポーズされてる? されてるのか? 違うか。


「そ、そういういのりもいい母親になれると思うぞ」


「そう、かな? ……そうなら、いいんだけどね」


「……?」

 

 なんか、寂しそう……いや、悲しそう、か?

 少し悲しい顔をしたいのりは瞬きをした一瞬の間に消えていた。

 それこそ、俺の見間違いなんじゃないかと思うぐらいには、刹那のことだった。


「ユキくん? どうしたの?」


「あ、いや。いのりって俺に人見知りとかしなくなったよなーって」


 まさかその、ほんとにしたかどうかも分からない悲しそうな顔について追求するわけにもいかず、俺は別の話題を口にした。


「なんだかんだ一緒に暮らし始めて2週間程度経ってるわけだからね。慣れない方が難しいよ」


「それもそうだよな。なんかあっという間に時間が経った気がする」


 いのりが家に来なかったら、もう少しのんびりした時間の流れで、まだ春休みの真っ最中だったんじゃないか。

 そう思えるぐらいには、いのりが来てから日々は目まぐるしく流れていっている。


 きっとそれだけ、俺はこの子との時間を楽しんでしまっているわけだ。

 ……まあ、お互いに勢いだったとはいえ、1度振られているわけですが。


「そう言えばさ――」


「うん、なになに――?」


 そのあとも俺たちは他愛のない会話をしつつ、たまに俺が悶えたりして、引かれた目で見られたりはしたが、家へと辿り着いた。

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