教室での一幕

「――ってことで皆知っているとは思うが、このクラスに転校生が来る」


『イェェェェェェェェイ!!!!!!』


 退屈な始業式が終わって、教室に戻ってきた俺を待っていたのは、担任の話兼自己紹介と野郎どもの野太い咆哮だった。

 むさくるしいにもほどがある野郎どもを、女子はドン引きの目で見ていた。


 ふむ、もし転校生がいのりってことを知らなかったら、俺もああいう視線を浴びて、新学期初日からクラスの女子に嫌われるという彼女が欲しい盛りの思春期まっしぐらの男には致命傷すぎる傷を負っていたかもしれないのか。

 

「よーし、入ってきてくれー」


 ホッとしていると、先生が外に向かって呼びかけた。

 静かに扉が開き、緊張した様子のいのりがおずおずと入ってきた。

 まだ俺の存在には気が付いてないらしい。


 そのまま先生の隣まで歩き、不安そうにしたまま俯きがちに立つ。

 

「それじゃ自己紹介してくれ」


「あ、は、はい! ……あ」


 先生に促され、顔を上げたいのりがたまたまこっちを見て、小さく声を漏らした。

 声を漏らしたいのりは、明らかにホッとした様子を見せる。 


「えっと……は、早瀬、いのりです。今日からよろしくお願いします」


 深呼吸をして少し落ち着いたいのりは、たどたどしいがちゃんとクラス中に聞こえやすい声量できちんと挨拶してみせた。

 偉い。出来ることなら抱きしめて頭を撫でながら褒めてあげたい。


「ん、名字の通り、そこにいる早瀬のきょうだいだ。皆仲良くしてやれよー。じゃあ席は、早瀬の後ろだな」


 席を言われたいのりが、こっちに向かって歩いてくる。

 それと同時に俺に向けられる、好奇と憎悪と殺意の視線。

 明らかにクラスメイトに向けていい視線じゃないものが2つほど混ざっている気がするが、気のせいだと思いたい。


 特に会話をすることもないまま、いのりは俺の後ろに座る。

 まあ、今はホームルーム中だしな。わざわざここで話すこともない。


 こっちに向けられる視線の中、続く先生の話に俺は耳を傾けた。





「まさか同じクラスになれるなんて思わなかったな」


 先生が教室から出て行って、あとは帰るだけになったので、俺は後ろを振り向いていのりに話しかけた。

 

「うん。よかった、ユキくんと同じクラスで」


「もしかしたら先生たちが気を利かせてくれたのかもな」


 感謝すべきは神と教師か。

 今度なにか差し入れでもしに行こう。


「ねーねー転校生ちゃんお話しよー! あー近くで見るとやっぱ超可愛いねー! あ、いのりちゃんって呼んでもいい!? ってかLINEやってるー!?」


「えっ、わっ、あわわ!」


「落ち着かんかい。声のかけかたがナンパのそれだろうが」


「あいたっ!? ちょっと、女の子にチョップとか!」


 興奮気味かつ食い気味にいのりに話しかけにきた湊の頭に軽くチョップをかまし、動きを止める。

 

「もー軽い冗談じゃん」


「お前の冗談は人見知りを殺すぞ。大丈夫か、いのり」


「だ、大丈夫だよ……ちょっとビックリしちゃっただけだから……」


 ほらーもう怯えてんじゃねえか。

 もうちょっと適切な距離を取って差し上げろ。


「あはは、ごめんね。じゃあ、改めて自己紹介! あたし、湊晴花! 早瀬とは中学と去年のクラスが同じだったんだー。よろしくねー、いのりちゃん!」


「は、はい……よろしく、お願いします。み、湊さん」


「もーっ、硬いってば! 晴花でいいよー!」


「あ……う、うん!」


 ふむ。さっきは勢いが強すぎたけど、やっぱこいつ基本的に人との距離の測り方が上手いんだよな。

 普段から接客してるお陰なのか、人をよく見てるし。

 まだ硬いながらも、早速いのりの笑顔を引き出してみせた湊の手腕に俺は心の中で拍手を送った。


「で? 結局どういうことだよ。お前とその子が義理のきょうだいになったって。説明しろよ」


「あ? やだよめんどくさい。お前こそ相羽さんと幼馴染みの件について説明しろよ」


「は? 嫌に決まってんだろ、怠い」


「「……!」」


 俺と玲央は胸ぐらを掴み合い、ガンをくれ合った。


「あーもうすぐ揉めないで。ほら、2人とも離れて離れて。あ、僕は岬司。よろしくね、早瀬さん」


「……雨梶玲央だ。よろしくな」


「わたしは相羽梓です! 玲央の幼馴染みで将来の伴侶です!」


「どわっ!? 抱き着くな梓てめえ! あとしれっと嘘をつくんじゃねえよ!」


「相羽さんは違うけど、司とついでに玲央は去年同じクラスだったんだ」


 えーっと、鈍器鈍器ーっと。お、やっぱあった。

 いのりに説明をしながら、玲央を始末するためにロッカーへと移動し、鉄パイプを取り出した。


「おう田中、お前もあいつ殺る気なのか?」


「当然。幼馴染みの美少女に抱き着かれてるとか余裕で処刑案件だろ」


 その際近くにいたクラスメイトと意思を確認し合う。

 どうやら俺たちの考えは同じのようだ。

 心を同じくしたクラスメイトたちが次々と集まってくる。


「ゲッ!? おいマジで離れろ梓! じゃないとオレが死ぬ!」


『もう遅えっ! くたばれ雨梶ィッ! ――そして早瀬ェッ!』


「「っぶねぇぇぇぇぇぇ!?」」


 嫌な予感がして、咄嗟に屈んだ俺の頭の上をブウンと音を立てて横切っていくバール。

 同じように木刀を躱した玲央の横に、そのまま転がるようにして移動した。


「てめえらなにしやがる!」


『黙れこの裏切り者がァッ! てめえ美少女と義理のきょうだいとかふざけてんじゃねえぞ!』


『あの相羽さんと幼馴染みで将来の伴侶だぁ!? そんなもん相羽さんと相羽さんの両親が認めても俺らが絶対認めねえわボケェ!』


『ラブコメ警察の名の下に、貴様らは絶対処刑してみせる! 鈍器殴殺ののちコンクリ詰めにして海に沈めたらァ!』


 それはヤクザのやり方では!? お前らが行政機関を名乗るんじゃねえ! 今すぐラブコメヤクザに改名しろや!


「俺より先にこのクズを処刑するべきだろ! 幼馴染みがいるなんてこと黙ってやがったんだぞ!」


「いーや! オレより先にこのカスを殺るべきだ! オレたちは別々に住んでるが、こいつはあの子と1つ屋根の下で暮らしてるんだぞ!」


『『『どっちもすぐさまぶっ殺す!』』』


「くっ……! ダメか! ……なあ、玲央。ちょっと提案なんだが」


「おう。今は一時休戦してこいつらを返り討ちにするのが先決、だろ?」


「よく分かってるじゃねえか。こいつらをやったら次はお前だけどな。覚悟しとけ」


「ほざけ。それはオレのセリフだ。――いくぞォ!」


 俺と玲央は並び立ち、殺気立つ暴徒たちに向かって拳を構えた。


「え!? え!? ユキくん!?」


「あーやっぱり始まっちゃったかー。いのりちゃん、行こっ。学校案内したげる。ほら、相羽さんも……岬はどうする?」


「僕は帰るよ。女の子3人の中に僕1人だけだと、ちょっとあれだしね」


「では、ご一緒させていただきますね。それと、わたしのことは梓でいいですよ」


 俺たちが暴徒と化したクラスメイトを鎮圧し始めたのと同時に、他の4人はさっさと教室から出て行ってしまった。


「大体なんで幼馴染みだってこと隠してたんだよ!? ――右!」


「んなもんこうなるからって分かってっからに決まってんだろ!? ――後ろだ!」


「クソほど妬ましいが、相羽さんのあの感じでよく隠し通せたもんだな! ……っと!」


「学校で話しかけたら本気で絶交するって言ってたんだよ! それも意味なくなっちまったがな! ……おらァ!」


 俺たちは口ゲンカをしながら暴徒を討伐していくという離れ業をして、次々に暴徒を床に沈めていく。

 ものの10分程度で片付けた俺と玲央は、口ゲンカを続けながら、教室をあとにしたのだった。

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