春休み明け

「おお。着るの久しぶり過ぎて、なんかすげえ違和感だな」


 色々と忙しくなった春休みが昨日で終わり、今日から新学期。

 俺は姿見の前で学校のブレザーを着て、違和感に軽く顔をしかめていた。


「優希人ー、写真撮るから降りてらっしゃーい」


 写真って……それ去年も撮ったし、毎年のように撮らなくてもよくないか?

 下から聞こえてきた母さんの声に軽く首を傾げながら、ひとまず言われた通りに階段で下に降りる。


「あっ、ユキくん。……えっと、これ、どう……かな?」


 ――階段を降りきると、そこには制服を着て恥ずかしそうにしている天使が立っていた。


「ア゛ッ!!」


 可愛さのあまり、俺は謎の力に吹っ飛ばされてそのまま廊下の奥の方まで滑っていく。


「またそれ!? 本当にどうなってるの!?」


「その子なりの最大限の賛辞みたいなものだから、あまり気にしない方がいいわよ。ほら、写真撮るんだから早く戻ってきなさい」


「うぃーっす」


 身体をバネのように使って跳ね起きて、俺は2人がいる場所まで戻った。

 母さんの指示に従いながら、いのりの傍に立つ。


「撮るわよー。はい、チーズ。うん、息子の顔がちょっとアレな以外いい感じね」


「なるほど。これは確かにイケメン過ぎるな。新入生の女の子たちの注目の的になったらどうすっかなー」


「草」


「真顔で言うんじゃねえよ」


 冗談はさておき、写真はとてもいいものだった。

 特にいのりが可愛いところなんか最高だな。

 即座に俺のスマホに写真を送って壁紙に設定したぐらいにはいい写真だった。



 


「くぁ……ねっむ……」


 写真を撮ったあと、俺は恭介さんが作ってくれた朝食に舌鼓を打って、家を出た。

 いのりはあとから恭介さんが車で送ってくれるらしい。

 一緒に乗って行くかと聞かれたが、眠気覚ましに歩いて行くと答え、俺は春の陽気の中を歩いて、クラス分けが記された巨大な掲示板のお陰で普段よりも人だかりが出来た学校へと辿り着いた。


「俺のクラスは、2年A組か」


 一緒のクラスになれて喜んだり、クラスが離れて悲しんだりと、一喜一憂している生徒たちの喧噪の間を縫うようにして、俺は自分のクラスへ。


 自分のクラスに着いた俺は、真っ先に黒板を確認し、自分の席を確認した。

 大体いつも通りの位置だな。ま、出席番号順だとこんなもんか。


「やっほー、優希人。今年も同じクラスだね」


 自分の席に荷物を置いたところで、横から聞き覚えのあるアルトボイスが俺の耳朶を打った。

 

「なんだ、同じクラスだったのか。司」


 横を見ると、アルトボイスに違わぬ中性的な美少年が立っていて、俺の返答に苦笑している。

 

「クラス割見たでしょ? 気が付かなかったの?」


「自分の名前だけ見つけてとっとと来たからな」


 そう言うと、岬司みさきつかさは肩をすくめた。

 

 司とは去年からの付き合いで、160cm後半台とやや小柄だが、中性的な容姿とおしゃれ風のふわふわパーマで女子から可愛い系イケメンとして多大な人気を集めている。滅べ。

 

 ……ふむ、こうして改めて近くで見てみると……可愛い系イケメンの名は伊達じゃない。やはり滅べ。

 

 今もただ苦笑して肩をすくめただけだというのに、こっちを見ていた数名の女子が黄色い声を上げたぐらいだ。すぐさま滅べ。


「……? どうしたの?」


「なんでもない。ただ心の中でお前に向かって3回ほど滅べと唱えただけだ」


「え、なんで!?」


 チィッ、こいつ驚いた顔もただただイケメンだな……!


「気にするな。しっかし、よく見ると1年の頃のメンツが固まってんじゃねえか。新鮮さにかけるな」


「僕的には、知らない人ばかりになるよりはよかったけどね」


 黒板に書かれた名前を見ながら、2人で当たり障りのない会話をしていると、背中が軽く叩かれる感触。


「おぃーっす、早瀬、岬! 今年も同じクラスだね! よっろしくー!」


 底抜けに明るい声に振り向くと、小柄な少女が弾けんばかりの笑顔をして、後ろに立っていた。


「おはよー湊さん。よろしくねー」 


「はよー、湊。ほんっと朝から元気だな、お前」


「それがあたしのアイデンティティだからね! あと接客は元気が1番だから!」


「今は接客中じゃないだろ」


「普段から元気でいることが大事だって言ってるのー」


 俺の嘆息混じりのツッコミに、湊晴花みなとはるかは少しムッとして、すぐに笑顔に戻る。

 

 推定身長は150台前半の小さな体躯、それを補なって余る元気を待つ、俺の元クラスメイト、ついでに同じ中学だ。

 元気と並ぶ、湊のトレードマークの高い位置に結われたお団子サイドテールが彼女の動きに合わせて揺れる。


「逆に早瀬は元気なさすぎじゃない? もう1年うちでバイトしてるのにさー」


「今は朝だし、あと春休みが終わった直後の学生なんて皆こんなもんだろ」


 うちで、と言うように……湊は俺がバイトさせてもらってるカフェの店長の娘。

 接客で元気が大事というのはそういうことだ。


「あー、というか聞いた? このクラスに転校生が来るんだってさ」


 転校生……? ってことは、いのりがこのクラスに? 

 ッシャッ、オラァ! サンキュー神様!


「うん。皆噂してるよね……って、どうしたの、優希人? 急にそんな嬉しそうな顔して」


 おっと、嬉しすぎてニヤけてしまったようだ。

 

「いや、なんでもないんだ。ちょっと神様に感謝してたってだけで」


「今のどこにそんな要素が!?」


「早瀬がそんな反応するってことは、転校生って女子なんだね」


「まあな。他に転校生がいないなら、それ俺のきょうだいだし」


「「きょうだい!?」」


 どうせすぐに分かることだし、特に隠す必要もないからな。

 俺は2人に春休みが始まってすぐに親が再婚したこと、俺の告白のくだりはもちろん除いて話した。


「なるほどー、だから転校生が女子だってことを知ってた、と」


「まあな。というか、このクラスの男連中を見たらすぐに分かるだろ」


 湊の相槌に答えながら、俺はクラスを見回した。


『よし、いい感じだ……いや、もう少しこう流した方がいいか?』


『この角度か? おし、俺史上最高の決め顔だ、これでいこう』


『第一印象から決めてました! 俺と付き合ってください!』


 そこには髪型を整えたり、笑顔の練習をしていたり、告白の練習をしていたりと、多種多様のバカがいた。

 前2人はともかく最後の奴はおかしすぎる。


「あー……皆浮かれまくってるね」


「だろ? ブサイクがなにやっても無駄だってのにな」


「けどいつもだったら早瀬もあっち側だよね」


「失礼な! あいつらと一緒にするんじゃねえよ!」


 俺なら急いでトイレに駆け込んで身だしなみを整えてどうやってお近づきになるかをシミュレーションするね!

 いくらなんでもクラスの女子がいる前であんなみっともない真似はしない!


 憤りを覚えていると、前の方の扉から見知った顔がふらふらとしながら教室に入ってきたのが見えて、意識がそっちにいく。

 司と湊も俺に釣られて、そっちを向いた。


「雨梶ー、おはよー。元気ないじゃん、どしたー?」


「オレの……青春が……」


 雨梶と呼ばれた男がふらふらとしたまま、力ない虚ろな瞳でこっちを見て、近づいてきた。

 そして、無造作風にセットされた頭を抱えて机に伏せた。


「オレの青春が終わっちまった……! ちくしょう……!」


「わわ、本当にどうしたの、玲央?」


「おいこら、人の机で声を殺してさめざめと泣くな。うっとうしい」


 大の男に目の前で泣かれる俺たちの身にもなってほしい。

 悪態をつくと、泣いていた男――雨梶玲央あまかじれおが勢いよく立ち上がった。


 俺より身長が高い、恐らく180近い身長のせいで首を僅かに上に向けることになってしまう。

 いつもなら迫力のある切れ長の鋭い目が潤んでいて、まあ端正と言ってもいい程度の顔立ちには深いしわが刻まれていた。


「お前に分かるか!? 新学期初日、希望に満ち溢れた日から神に見放されたオレの気持ちが! なんで同じクラスになっちまうんだよ! なんのために1万も賽銭箱に課金したと思ってやがる!」


「分かるか知るか」


 なんの話かも知らんが、そもそも賽銭のことを課金呼ばわりするのが罰当たりにもほどがあるだろうが。


「玲央、なにがあったの?」


「オレは……オレは……!」


「――玲央ー! やっと同じクラスになれましたー!」


 嘆いてた玲央の身体に、何者かが抱き着いた。

 

「ちょっ!? 抱き着くんじゃねえ! おい、離せ!」


「はっ、ごめんなさい。嬉しすぎてつい……」


 玲央に抱き着いていた何者かが、離れてぺこりと頭を下げた。

 長く綺麗な髪がさらりと揺れ、品の中にどこか愛嬌を残した顔立ちに目を奪われ……なかった。


 なぜなら、俺の目線は頭を下げて、髪と同時に揺れた服の上からでも分かるある部分に釘付けになってしまっていたから。


 …………デ、デカい。


「とにかく、私は玲央と同じクラスになれて嬉しいんです! お賽銭に10万スパチャしたかいがありました!」


「クソがァッ! これだから金持ちは!」


 話の流れから察するに、玲央はこの子と同じクラスになりたくなくて、逆にこの子は玲央と同じクラスになりたくて神に祈ったってことか。

 そりゃ真反対の願い事されたら金額の多い方に傾くに決まってるわ。

 というかスパチャ呼ばわりも不謹慎だからやめようね。

 惹きつけられた目線をどうにか切りながら、俺は脳内でツッコミを入れる。


「ええっと……相羽さんだよね?」


「はい、相羽梓あいばあずさです。いつも玲央がお世話になっています」


「よろしくねー。ところで、雨梶とはどういう関係? なんか親しそうだけど」


「はい! わたしと玲央は幼馴染みです!」


「そうか。司、ちょっと鈍器取ってくれ。多分ロッカーの中にあるから」


 こいつはここで殺ってしまった方が世界のためになる。

 なんせ、相羽さんは1年の頃から可愛いことと、家がお金持ちということで有名だったのだから。

 そんな令嬢美少女と幼馴染なんて許されるわけがない。


「鈍器!? なんでクラス替えしたばかりなのにそんなものが用意されてるの!?」


「そんなもんなにがあってもいいようにに決まってるだろ。いいから早く。美少女と幼馴染みなんて深い業を持ったこいつは速やかに処刑しないといけないんだ」


「優希人だって今日来る女子の転校生ときょうだいになったんでしょ!? 落ち着いてよ!」


「おい、その話詳しく。あとオレにも鈍器を取ってくれ」


「取らないから!」


 しょうがない。素手で殺るしかないか。

 いつもだったら幼馴染みがいるという事実に反応して真っ先に襲いかかる奴らは、今は転校生……いのりのことで頭がいっぱいでこっちの会話が聞こえてないみたいだしな。


 どうやら向こうも同じ考えのようで、俺たちは拳を構えて対峙した。

 

「お前ら席着けー」


 と、同時に教室に気怠げな声と共に女性の教師が入ってきた。

 

「チッ、命拾いしたなクズが。始業式が終わった時がお前の最期だ」


「それはオレのセリフだカスが。せいぜい残り短い余生で遺言でも考えとくんだな」

 

「どっちも高校生が言うようなセリフじゃないよね……」


 司の疲れたような呟きを皮切りに、俺たちは解散し、それぞれの席に戻った。

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