ラブコメ警察(ヤクザ)と約束

「おし、帰るか。いのり」


「うん、ちょっと待ってね」


 ホームルームが終わった俺は、鞄に乱雑に荷物を詰め込んで振り返り、後ろに座るいのりに声をかけた。

 声をかけられたいのりは俺とは違い、丁寧に荷物を鞄に入れていく。


「よしっ、と。……お待たせ、準備出来たよ」


「おー……っ!?」


 立ち上がった瞬間、多方面から感じる殺気。

 俺は咄嗟に前に飛んだ。

 間を置かずに背後から聞こえるシュカカカカンとなにかが刺さる音。


『チィッ……!』


 次いで響く舌打ちの音に、俺がさっきまでいた位置に刺さっている多数のカッター。

 

「っぶねえな! 人に向かってカッター投げるなんてどういう教育受けてんだこの外道どもが!」


 ここにいたら命がいくつあっても足りやしない。

 さっさと帰るに限るな。

 カッターが飛んできて驚いているいのりに首だけで教室から出るように促し、俺も扉へと向かう。


『待て早瀬ェ! ラブコメ警察の名にかけて、お前が早瀬さんと2人で一緒に下校するのを見逃すわけにはいかねえ!』


「だからヤクザの間違いだろ。ってかさっきの今でよく平然と話しかけてこられたもんだな」


 精神があまりにも図太すぎる。

 

『なーに、安心しろ。手出しはしねえし邪魔もしねえ。俺たちはただお前が2人きりで下校するのを防げればそれでいいんだからな。俺たちと一緒に集団下校といこうじゃねえか』


「斬新な発想だが、それを邪魔と言わずになんて言うんだよ。あと既に手は出したあとだ」


 こいつらには目の前に刺さりっぱなしのカッターが目に入らないのだろうか? ……ん?


「玲央ー、帰りましょー」


「だから一々抱き着いてくるな!」


 ふと、玲央の方を見た俺の目に飛び込んできたのは、玲央がいつも通り相羽さんに抱き着かれているところだった。

 

 ふーん、へー、ほーん。

 

 俺は無言で刺さったままのカッターを1本引き拭いて――


「――ィィィイッシャァァァァ!!」


 玲央めがけて全力で投擲した。


「うぉぉぉぉおおおおお!? なにすんだ優希人てめえこのクズ野郎!」


 チッ、避けられたか。勘のいい奴め。


「すまんつい」


 近づいてくる玲央に、俺は笑みを浮かべながら謝罪をする。


「ついじゃねえよ! 無駄に爽やかな笑顔しやがって!」


「でも俺が投げなくてもいずれ誰かが投げたと思うぞ、ほら」


 顎をしゃくり、周りを見てみろというジェスチャーをすると、玲央は周りを見た。

 そこにはカッターやバールをいつでも投擲出来るように構えているクラスメイトの姿。

 信じられるか? これが学校終わりの放課後の教室の光景なんだぜ? ……ってかあれ俺も標的に入ってんな。


「んでアレどうするよ? オレとっとと帰りてえんだけど。燃やすか?」


「俺だってそうだっての。いのりを廊下で待たせてんだよ。あとここで火はまずい。かといって全員の意識を刈り取っていくのは時間かかるしなあ」


 2人で頭を悩ませる。


「ねーねー早く帰りましょうよ、玲央ー。あ、私ちょっと帰りに寄り道したいんですけど」


「は? 寄り道ぃ?」


 寄り道という単語が出た瞬間、周りの殺気が一段と濃くなった。

 玲央はいつ襲いかかられても対処出来るよう油断なく構えながら、聞き返した。


「はい。将来私たちが結婚する時に使おうと思っている一流ホテルの下見を……って、ああ!? 待って下さいよ、玲央!」


 はっや!? 今ホテルって単語が出る前にはもう走り出してたぞ!? なんて危機察知能力だ!


『待てや雨梶ィ! 明日の朝日すら拝めると思うなてめえ!』


『獲物が逃げたぞ追えぇ!』


『各員すぐさま隊列を組め! 絶対に校舎から出すんじゃねえぞォ!』


 武器を構えた野郎連中も、玲央を追ってすぐさま教室から飛び出していった。

 なんか知らんが玲央のことで頭がいっぱいになって俺のことは眼中になくなったらしい。

 ラッキー、これで帰れる。やっぱ持つべきものは友達だな。


 クラスメイトたちが戻ってくる前に帰るべく、俺は廊下に待たせてしまっていたいのりと合流し、足早に学校をあとにしたのだった。




「いのり、今日の晩飯なにが食いたい?」


 学校から脱出して、家の近くにあるスーパーに立ち寄った。

 今日の晩飯当番は俺であるため、せっかくだしいのりのリクエストにしてやりたい。

 まだ一緒に暮らし始めたばかりで好みとかあんま知らないし、こういう場面で好みを聞き出して、胃袋から掴んでいかないとな。


 ……あれ? なんかこれ俺がヒロインみたいじゃね?


 釈然としないものを感じつつ、俺はカゴをカートに乗せて店内を闊歩しながら、やや後ろからついてきているいのりに問うた。


「よ、よしっ……!」


 そのいのりは小声でなにかぶつぶつと呟いたのちに、気合いを入れるように胸の前で両手をグッと握って深呼吸していた。


「いのり? どうした?」


「あ、あのねっ、ユキくん! お願――!」


「――ああ、いいぞ」


「食い気味!? まだなにもお願いしてないんだけど!?」


 しまった。つい脊髄反射で返事をしてしまった。

 

「すまん。続けてくれ」


「えっと……その……私に、料理を教えて!」


「なんだ、そんなことか。いいぞ」


「本当!?」


「おう。俺はいのりの頼みならたとえ銀行強盗すらもこなしてみせる覚悟がある。料理教えるぐらい朝飯前だ」


「どうしてそこまで重い覚悟が!? なにがユキくんにそこまでの覚悟を抱かせてるの!?」


 強いて言うなら恋ですかね。

 告白の件はお互い気にしないようにって話してうやむやになってはいるが……。

 なんと言っても、初恋だからな。

 一緒に暮らし始めてそこまで時間が経っているわけでもないし、そんな簡単に気持ちは変わらないわけで……。 


「ま、とにかくだ。ちょうど今日は俺が晩飯当番だし、今日から始めるか?」


 胸の内を口に出せるわけないので、俺は誤魔化すために料理を教える話を進めていく。


「うんっ! よろしくお願いします!」


「任せろ。……というか恭介さんには料理を教えてって頼まなかったのか?」


「一応頼んだことはあるんだけど……お父さんが仕事忙しかったりで、中々都合つかなくて、結局ここまでずるずると引き摺っちゃったんだよね」


「なるほどな」


 初めての料理に適したものかー。

 相槌を打ちながら、片手間でなにを作るかを考え始める。


「今日、お昼休みに皆が料理を作れるって聞いて……やっぱり私も料理が出来るようになりたいって思ったんだ。なにより、女の子としてこのままじゃダメだよね」


「前にも言ったけど、今の時代料理が出来る男も出来ない女も珍しくないんだし、そこまで気にする必要はないだろ。司はともかく、俺たちは家庭の事情で覚えざるをえなかったってだけだしな」


「でもやるっ。覚えられるなら覚えた方がいいし!」


「分かった分かった。ちゃんと出来るようになるまで教えるから。なんなら指切りでもするか?」


「するっ」


 冗談で差し出した小指に、いのりの小さな手の小指が俺の小指にきゅっと絡まった。

 俺の手に比べれば、随分と小さなそれは、細くて白くて、幻想的な雰囲気を持っているくせして……確かな温かさを持って現実に存在しているものなんだということを訴えてくる。


 俺の脳が、それを認識した瞬間、身体中に電撃が走ったような感覚になった。


「えへへ。約束、だよ?」


 いのりがはにかみ、小指から熱が離れていく。

 俺はそっとさっきまでいのりが触れていた部分を確認するように触れ――


「ズオァッ!?」


 ――時間差で吹っ飛んだ。


「なんで!? というかいつもより勢いが凄いんだけど!?」


 猛烈な勢いで吹っ飛ばされた俺にいのりの戸惑いの声があとから追従してくる。

 店内の床、冷たくて気持ちいい。


「……おしっ。今日はカレーにするか。包丁の扱いだとか料理に必要なスキルを磨くのにうってつけだしな」


「……………………うんそうだね」


 何事もなかったかのように戻ってくる俺を見て、いのりは諦めたように呟いた。

 そして、俺たちはカレーの材料を集めるべく、再び店内を歩き始めるのだった。

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