第35話 フットワーク軽すぎ

「で、何をしに来たんだ? さっさとあいつに憑いている霊を刺激して来いよ」

 解らないなあと首を捻る桂花に、余計な場面を見ているんじゃねえと弓弦が棘のある声で言う。どうやら二人でやることを知られたくなかったらしい。しかし、刺激してこいなんて聞いていないんだけど。

「私ってそういう役目なの?」

 そんな役目を課されているなんて知らないと、桂花は目を丸くしてしまった。すると、陽明がくすくすと笑う。そしてしれっと説明していませんと宣ってくれた。

「い、言われてないのに刺激なんてできませんよ」

「大丈夫です。同席してくれるだけでいいんですよ。多分ですけど、あの霊は緒方さんに反応すると思いますよ。薬師寺だけでも反応するでしょうが、その場合だと落合という知り合いを誤魔化せないし、わざわざ彼に憑りついた意味がない。ざっくりと調べた感じと、緒方さんが見つけてくれた絵から考えても、君に反応することは間違いありません。ですので、早めに相談室に戻ってもらえると助かります」

「は、はあ」

 そういうことならばと、桂花は怪しい状況に陥っている休憩室を後にすることにした。後ろからまだまだ二人が言い合う声がしていたが、ともかく透視の間は二人で仲良く作業するようだ。

「ううん。解らないなあ。色々と謎の業界用語が飛び交っているのよね。それにしてもまったく、久々に会ったというのに落合君ったら、何をやっているんだか」

 陽明が怪しいのはともかくとして、どうして法明や弓弦に不思議な力があるのだろう。円はいつも手伝っていないから、力はないのだろうか。しかも潤平の霊が自分に反応するというのも、何だか嫌な話だし。ぶつぶつ文句を言いつつ、お茶を淹れてから相談室へと戻った。これを忘れては元も子もない。

「すみません、遅くなりました」

 相談室に戻ると、すでに法明が診断書を見ながら望診を行っていた。最後の調剤部分は法明に任されているのだろう。大まかには漢方医が決定しているが、それで大丈夫か。もっと適した薬がないか。それを法明が見定めているのだ。

 その目はとても真剣で、普段の笑みを浮かべた顔とはまた違う魅力があった。脈を診て状況を確認し、次に舌の状態の確認に移っていく。

「脈は問題ないですね。舌に関しては色もよくて舌苔もなし。少し歯痕が残っているのが気になりますね。あっ、お茶を飲んで一度リラックスしてくださいね」

 入り口でお茶を持ったまま立っている桂花に気づき、法明はにこっと笑った。思わず顔が赤くなったが、そそくさと潤平の前にお茶を置くことで顔を見られないようにした。

「ありがとう。ここのお茶、何だか癖になりますね。毎回味が違うというのも、楽しみの一つになるというか」

「ありがとうございます」

 潤平はそんな桂花の様子を気にすることもなく、さっさとお茶へと手を伸ばしている。さらに法明も褒められてにっこりだ。何だか二人だけで解り合う世界があるかのような光景を見せられ、桂花のドキドキも一気に収まり、何とか法明の横に座れるほどに落ち着いた。

「それじゃあ、緒方さんも戻ってきましたので、問診に入りますね。恐らく頭痛の原因が鎌倉の旅行に無理があったためだと思いますので、その確認から」

 そして、法明はさらっと霊の仕業を探るべく、尤もらしい理由を付けて鎌倉での行動の確認に入った。そのあまりにさらっとした導入に、この人って詐欺師やらせたらとんでもないことになるのでは。そんなことを思ってしまった。知らないうちにお金を騙し取られそう。

「鎌倉かあ。そんなに無理はしていないと思うんですけどね。まあ今回も風邪を引いたから、俺の思っているより無理しているのかなあ」

 そして訊ねられた潤平は、今回の旅行で風邪を引いたという例があるおかげで、あっさりとその時の様子を語ってくれた。朝早くから鎌倉大仏や室生寺、それに鶴岡八幡宮、銭洗い弁財天といったところを回り、ちょっと足を延ばして古都鎌倉の風情を残すという覚園寺をお参りしたのだという。そしてまだ時間があるなと最後に江ノ島に渡ったのだとか。

「覚園寺の拝観時間が三時までだったので、朝の八時くらいから回っていたんですよね。ううん、今考えると無理ありますね」

「そ、そうね」

 いくら鎌倉の見て回る範囲が京都よりも狭いとはいえ、それは回り過ぎだろうと桂花はドン引きだ。大学までは東京にいた桂花も、何度か休日に鎌倉に行ったことがあるが、そこまで一気に見て回ったことはない。

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