第34話 幽霊前提かあ

「遠藤が敵対してなければお前より扱いやすいのにな。あいつの目的ははっきりしている。そこさえ押さえていれば何の問題もない。むしろ利害関係でしか動かないから、操るのも簡単だ。お前が邪魔だという目的も合致しているのに」

 さらに弓弦も諦めたようで、そんな嫌味を付け足している。

 悪の親玉みたいに言われている遠藤の方がマシって、陽明はどれだけ質が悪いと考えられているのだろう。尤も、桂花はその遠藤なる人物をまだ知らないのだが。

「ともかく鎌倉だな。すぐに調べておこう。それに言っておくが、この件にその遠藤が噛んでいないと考えない方がいいぜ。前の龍神のことは、警告だったかもしれないんだ。あの男は俺とお前らを追い払うためならば、どんなことだって利用するんだぞ。油断だけはするなよ。というわけで、薬師寺も出来るだけ調べておいてくれ」

「了解しました」

「で、緒方さんだ。あんたはまず、そのイラストレーターが描いた鎌倉の絵を見つけておいてくれ。そして違和感があるなと思ったやつを印刷しておいてもらえるか」

「わ、解りました」

 こうして様々な疑問が増えてしまったものの、陽明の協力を取り付けることには成功したのだった。




 三日後。桂花たちの大急ぎの調査が無事に終わったタイミングで、潤平は漢方医からの診断書と処方箋を携えてやって来た。風邪は幾分か治まったようで、たまにずずっと鼻を啜っている以外は大丈夫そうだった。一応はマスクをしているものの、この間よりも顔色がいい。

「今日も頭痛はしますか?」

「いや、ちょっとマシかな。この間ここに来た時からちょっと軽くなった気がする。やっぱり風邪のせいだったのかな」

「なるほど」

 法明は良かったと頷いたものの、ちらっと複雑そうに桂花を見てくる。それって私のせいなんですかと、思わず自分を指差してしまった。

 人生二十五年生きてきて、霊感なんて無縁に過ごしてきたというのに、自分がこの前の靄に影響しているのか。そんな桂花に、法明は非常に申し訳なさそうな顔をするものだから、ますます困惑してしまう。

「ともかく、問診に移りましょう。診断書を頂けますか」

 とはいえ、本人を前に幽霊云々を語れるはずもなく、一先ず相談室へと案内することになった。法明は診断書と処方箋を預かり、どうぞと室内に促す。

「あの、篠原さんをお呼びした方がいいですか」

 これから体調に関して話し合うのならば、陽明も一緒にいるのがいいのでは。そう思って桂花が確認すると、その必要はないと法明は調剤室の奥を指さした。

「大丈夫ですよ。休憩室から透視してくれます」

「そ、そうですか」

 幽霊の存在を前提に話しているものの、さらっと超常的なことを言われてしまうと驚いてしまう。しかも透視できるなんて。桂花がビックリしていると、潤平は何か良くないことでもあったのかと疑っている目をしていた。そんな潤平の何をこそこそ喋っているんだという疑惑の目を潜り抜け

「お茶を用意してきますね」

 お茶汲みを買って出てその場を離脱する。それにしても、休憩室で一体陽明はどうやって透視をするんだろう。お茶を汲みに行くついでにちょっと見てみよう。

 調剤室では円が今日の午前中の業務で溜った処方箋を薬歴簿に記載する仕事をしていた。円に潤平を放っておいていいのかと見られたが、こそこそと奥へ向かう。そして問題の休憩室を覗くと、陽明と弓弦がいた。普段は犬猿の仲と呼んでもいいくらいだというのに、今は揃ってテーブルの上に怪しげな祭壇を組み立てていた。

 そしてその祭壇の中心には、桂花が陽明に指示されて探した絵が乗っかっている。相変わらず青色中心のその絵は、どこかのお寺を描いたもののようだった。どうしてか、あれから不思議な気配を感じて陽明に報告していたのである。

「その絵がポイントなんですか。って、あれ、月影先輩まで白装束なんですか?」

 だが、二人の格好に思わず訊ねてしまった。揃いも揃って真っ白な着物と袴。それに弓弦がうるせえよとばかりに睨んでくる。

「ははっ。安心していい。これでも月影弓弦君は凄い霊能者なんだよ」

「えっ、はっ、霊能者」

「てめえ、篠原。嘘をぶっこむな。霊能者なんて胡散臭いものじゃない」

「まあまあ、能力的に嘘じゃないでしょ。現世風に合わせたらそれ以外に適切な表現がなかったんだよ」

「はあっ」

 顔を真っ赤にする弓弦と、しれっと笑う陽明。その図はいつも通りだ。しかし、相変わらず桂花には解らない単語が挟まってくる。現世風って何だろう。霊能者の間ではそういう業界用語が存在するのだろうか。

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