第33話 霊感、あったんだ

「それで、鎌倉でよくないモノを拾った奴がいるってか。どうせ何も知らずによくない気が溜まる場所に行ったんだろ。面倒だな」

「それを陰陽師が言っちゃ終わりだろ。地鎮はお前の本職部分だろうが。よくない気が集まらないように頑張れよ」

 面倒と言い出す陽明に、やる気出せと弓弦が冷たく言い放つ。全く以て頼みごとをする側とは思えない態度だ。だが、そのくらいで陽明は気を悪くした様子はない。むしろにやにやと笑っている。

「まあまあ。その、今回よくないモノを拾っちゃったらしいのが、私の同級生なんですよ」

 普段とは違って桂花が止める羽目になったが、それに陽明の目が面白そうだと輝いた。その反応に、この人を信用しても大丈夫だろうかという不安が頭をもたげるが、他に頼りになりそうな人がいない。

「このタイミングというのも気になるし、何より君の知り合いか。これはいよいよという感じだな。それならば文句を言わずに手伝おう。ただし、解決するにあたって緒方さんにも手伝ってもらうけどね」

「えっ」

「はあ。何考えてやがる? こいつは素人も素人。何も知らないんだぞ。手伝えることなんてあるわけないだろ」

 驚く桂花を横で、すでにケンカ腰の弓弦だ。どうしてあんたはそうなのと思うが、これには法明も円も難しい顔をしている。

「あの」

「どうして緒方さんを手伝いに指名したんですか?」

 おろおろする桂花を置いて、法明が厳しい声で問う。それは普段聞いたことがないほど低い声だった。

「おやおや。そんな怖い顔をしていると、ますます大日に睨まれるぜ」

 珍しい法明の反応に、陽明はにやにやと笑っておちょくってくる。まったくこの人は、どういう神経をしているのだろうか。桂花は自分のことが議論されていることも忘れて呆れてしまう。

「これくらいのことで大日は睨みません。それに冗談を言っている場合ではないですよ。緒方さんは普通の薬剤師なんです。我々を使うのならばともかく、普通の人を巻き込むとはどういうことですか?」

「まあまあ。そう言いなさんなって」

 睨む法明に対し、危ないことをやろうというわけじゃないと陽明は笑うのみだ。その反応の差と、まるで自分たちはただの薬剤師ではないと言い切っているような表現に引っ掛かって、桂花はおろおろとしてしまう。

「それに薬師寺だって解ってるだろ。彼女の霊感はピカイチだぜ。今回の良くないモノだって、お前より先に気づいたんだろ」

「そ、それは」

「あの靄ですか?」

 法明が詰まっている間に、ともかくと桂花は割って入るように訊ねた。それに陽明はそうだと頷く。

「しかも靄としてしか認識されなかったということは、それほど強い気配を出しているモノではなかったはずだ。普段は引っ込んでいるんだろうな。直接見ていないから断言はできないけれど、この薬局に微かに残っている気配から察するに、それほど悪さをするモノでもなく、本来は害を為すやつではないのだろう。それを瞬時に気づけるというのは、なかなかのもんだぞ」

「は、はあ。でも、ここに就職するまで幽霊なんて見たことないですよ。私、霊感なんてあったんですか」

「それは君のお祖父さんのおかげじゃないかな。光琳寺の住職は何かとおっかないからねえ。孫娘に悪い虫が付く前に手を打っていそうだ」

「悪い虫」

 それは普通、よくない男という意味で使うのではないか。それに桂花から見て祖父の龍玄は別に怖くない。普通のお寺のお坊さんだし、どちらかというと好々爺だ。桂花は思わず首を捻ってしまうが、そんなやり取りをしている間に法明の機嫌はいくらか落ち着いたらしい。

「手伝いのメインはあくまで我々優先にしてくださいよ。緒方さんには危険のない、呪術に関係のないことにしてください」

「解ってるって。言っただろ、あそこの住職はマジで怖いんだ。何があっても敵に回したくない。万が一にも孫娘に陰陽師の手伝いなんてさせたって知られてみろ。どんなことが起こるか解ったもんじゃないからな。ただ、その問題の男が緒方さんの知り合いならば、利用しない手はないだろ。憑いている靄が見えたのも、それが関係しているかもしれないんでな」

「それが問題だと言ってるんですけど」

 堂々巡りのやり取りに、先に法明がぐったりとしてしまった。どう頑張っても説得できない。そんな状況に思い切り頭を抱えている。桂花はもちろんそんな法明を見るのも初めてだ。

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