5話
「店長、まだ朝食やっているかい?」
「あれ、大家さん」
あれから朝食を食べに来た田中夫夫(各務さん、道和さん達)や不破さんと外人さん達に他のお客さん達が帰り、時刻は午前11時前。
うちの店は午前11時で朝食が終わるのでその時間よりほんの少しだけ時間がある。
「今日は来るのが遅かったですね、いらっしゃい」
微笑んでどうぞとカウンター席前に何時も出すサービスの御茶を置くと、ちょっと戸惑った様に大家さんが口を開く。
「今日店の前を通ったら、高位αが2名。店の中にも何名かαがいたから、俺まで入ると店長辛いだろうって思って。だから少し時間を開けてから来た」
「え」
大家さんが話したコトに目をパチパチと瞬き、少しだけ考えてしまう。
「いや、ほら。店長に抑制剤とか飲ませたく無かったし…」
「あ~…何だかすいません、気を使って貰っちゃって」
「いや…うん。こういうのはα側が考慮したほうがいいし。大事な身体に負担掛けさせたく無いから」
こんな平凡Ωに気を使ってくれちゃって、大家さん優しい。
…なんて、単にΩがヒートを起こしちゃたら迷惑掛けちゃうからだよね、等と後ろめたい気持ちはさっさと切り替えて明るく笑う。
朝から暗いのはダメダメ。
なんて、もう少しでお昼だけど。
大家さんから「赤ちゃんを産める身体の人は、身体を大事にしないと」なんて、声が漏れてきた。この人本当に性格までイケメンだなぁ。
ちょっとキュンとしちゃったよ。
でもご自分の身体も大事にして下さいね?
「御飯とかはあるのですが、お味噌汁は冷蔵庫に入れちゃっていて。今温めますね」
そうなのです。大家さんが来ないから、僕のお昼にでもしようかと余っていた分は全部冷蔵庫に入れちゃったのです。特にお味噌汁は夏場の熱い場所に長時間置いておくのは躊躇ったので、冷蔵庫の中に入れてしまっていたのです。
「冷えているお味噌汁か、いいな」
ん?
「昔夏によく食べた冷や汁みたいだ、食べてみたい」
ほえ。
「冷や汁ですか」
「ガキの頃、埼玉に住んでいた爺さん婆さんがまだ生きていた時、夏場によく食っていた。婆さん夏場になると冷や汁にしちゃってさ、色んな物を味噌汁の中に突っ込んでいたから美味かったなぁ」
「ああ、成程…」
って、大家さんもしかして天涯孤独?!
ご両親も亡くなっていると聞いたし。あ、でも親戚は居た。
本日の朝食メニュー、ちょっとだけ大家さん用に多めの御飯。それとだし巻き卵に本日の野菜、小松菜のおひたし。あと胡瓜の漬物。
「今日は煮魚だけどいる?」
「何の煮魚?」
「カレイ、あと納豆いる?」
「両方いただこう」
先程各務さんの好物だと言われた煮魚を出して、最後に冷蔵庫から冷えた豆腐と大根の味噌汁に納豆を大家さんの目の前に出す。〆て650円税抜。うち、個人店舗だから悪いけど税金は頂きます。無いとギリギリ価格だから色々と死ねる。
「美味そうだ、いただきます」
箸を持って嬉しそうに綻んだ様子に、見ている此方までほっこりする。
他にお客さんも来ないよな~と思い、炊飯ジャーから残りの御飯を全部取り出して料理用のステンレスのボールに入れ、塩と冷蔵庫から梅干しを取り出す。
カウンター越しに「ん?」という感じで此方を見ている大家さんを視界の端に入れ、ボールに入れている御飯を冷まして両手を洗い、簡単にお握りを握る。
当然中身は冷蔵庫から取り出した梅干し。
高級な梅干しでは無く、昨年俺が漬け込んだお手製の梅干しだ。
形がちょっとだけ崩れてしまっているけど、味は美味いと思っている。ただもう少し年月を掛けて漬け込んだ方が良いのだが、コレはコレで美味い。
お握りを4つ程作り、2つは俺用でお皿に置いて。
残りの2つはフードパックに入れ、更に白菜の浅漬を詰めてから大家さんに「はい」と渡す。
「え」
「気を使って貰ったお礼」
αが多く居たから入店するのを待っていてくれていた、それならコレぐらいのお礼はさせて欲しい。気遣いのお礼なのだから。
「え、いや、でも」
「今日不破さんの店休みだから、お昼か夜にでも食べて」
「お金」
「いらないよ。その代わりおかずは別にちゃんと買うか作るかして食べてね?また栄養失調で倒れないでね?約束だよ」
自分自身でおかんかよとツッコミを入れつつ、さあ持っていって食え!とばかりに持たせる。
どうでも良いけど大家さん、まだ御飯途中ですよ。
びっくりして大きく目を見開いていて、何時ものイケメンの顔が可愛いくなっている。
「有難う、大事にいただく」
そう言って微笑んだ大家さんはー……
俺、『本日一番の癒やし』となった。
心のシャッター、連打です。何なら推せる。と言うか推しまくる。
貢物は先程のお握りです。白菜の浅漬入りです。
店を閉めたらご近所の神社に癒しを有難う御座いますと拝みに行こうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。