4話

 

「エロ外人」


 ツボに嵌まったのか、各務さんが腹を抱えて笑っている。


「確かにエロ外人だよな」


 道和さんまで納得している。

 そんなにエロイ人なのだろうかと小首を傾げ、道和さんの前に朝食セットをお出しすると、


「あの人さ、Ωなら真っ先に項に目線が行って、女性ならすぐに胸元に視線が行く人だよ」

「そうそう、だから不破さんがいつもエロ外人って呼んでいる」


 先程の外人さん、この界隈で中々の有名人らしい。

 元々不破さんを追っ掛けて日本に来たとは聞いたことがあるが(当人がそう宣言している)、自国での仕事を辞めてから国外で会社を起業。そうしてこの近場に日本の支部も作って何度も来日している、とはご当人談。

 普通そんな状態ならばさぞかし女性やΩ達にモテモテになるのだろうと思うのだけど、40過ぎても未だに番相手が一人も居ないし、浮いた噂もない。

 あったとしても、何人も老若男女が告白しては玉砕していると言う話しぐらい。

 その癖にご当人は「結婚したい」とよく呟いているとか何とか。


 何だろうね、理想が高いのかな?

 それとも長い事『運命の番』をずっと探しているのだろうか。

 最初のうちは不破さんを追い掛けて日本にまで来たらしいけど。だが残念ながら不破さんは『運命の番』相手である末明さんと出会い、『番』となって結婚したばかり。

 それでも諦めきれないのか、それとも開き直っているのか、今でもよく不破さんの経営している喫茶ロインへと通い、今も仲良く(?)外に出て朝食を食べている。


「店長さん、今日まだあの人来ていないね」

「そう言えばいないな」


 そう、何時もと言うか毎日、毎朝来ては朝食を食っていくイケメン大家さんが今日は来ていない。先程から待っているのに珍しいと思っている。


「店長さん、彼から連絡あった?」

「いいえ」


 そもそも大家さんは俺の店の【大家さん】であって、朝食を食いに来るだけの常連客でしかない。そのような人がわざわざ来ないからと言うだけで連絡をしてくるとは思えない。

 それにあの大家さん、イケメンって言うだけあってαだし。αって人にも寄るとは思うけど、プライド普通高いだろうし。

 まぁ、他の店か何処かで朝飯でも食っているのだろう。

 もしくは寝坊かもね。


「え、もしかして何処か身体が悪いとか」

「夏風邪でもひいたか?」


 店長さん知っている?と聞かれ、いいやと首を横に振る。

 と言うか俺に用事が出来たとか断りの理由は言わないと思うよ。


「昨日の朝は普通に朝食を食べていったけど」

「ああ、何時も通りに選べるおかず両方頼んだか」


 選べるおかずと言うのは、朝食のおかずで『だし巻き卵』か『焼き魚』のどちらかを選ぶことが出来る、というルールを設けている。(ちなみに良い焼き魚が手に入らない時は問答無用でハムエッグだ)

 元々この店で朝食を出すと言うのは大家が栄養失調でぶっ倒れたことが原因で行っているのだが、この大家意外と大食漢。

 店で出しているおかずだけでは足りないらしい。


「御飯二杯食べたのか~」


「何時も御飯は二杯食べますね」


 大食漢なのです、あの大家さん。イケメンだけど。

 でも二杯で足りるのかな?とは常々思ってはいる。…とは言っても、何杯もおかわりされてしまうと店の経営問題が出て来てしまうので、うちは無料でおかわり出来るのは二杯まで。それ以上は料金頂きます。

 お金、大事です。


「毎回結構食うよね」

「それなのに前は食事を抜いていて、栄養失調でぶっ倒れたっていう…」

「あはははは」

「あの入院騒動以来、反省したのか最近は不破さんの喫茶店で夕食を食っているって?」

「みたいですね、俺その時間帯店閉めて掃除とかしているから知らないのですが、よく来るお客さんとかが教えてくれますよ。不破さんの店のオムライスとかマグロ丼とか大食いしているって」

「あれ、じゃあ今日不破さんの店お休みだから最低でも今来ないと、食いっぱぐれるのではないかな?」


 大丈夫なのかな?とは各務さんの言葉。

 確かに今日来ないと日中とか夜とか御飯、どうするのだろう?あ、朝もだね。


 …いやいや、俺が気にしても仕方がないよな。


「何処かで食うのではないですか?もしくはスーパーとかコンビニとかで購入すれば良いのですし」

「うーんそういうんじゃなくて、なぁ…」


 各務さんの旦那さんである道和さんが何とも言えない様な顔で此方を見詰め、言葉を濁す。


「一日ぐらいでは栄養失調で倒れないんじゃない?」


 サラッと毒づく各務さん。

 確かにその通りだとは思うけど、ちょっとは気になるよね。

 それでなくても最近は日差しが強くなって来ていて、ちゃんと栄養を取っていないとぶっ倒れてしまいそうだし。…栄養失調の件もあるし、余計に心配ではある。


「まぁそうなのだが、彼ってなかなかの美食家って言うやつでな…」


「ん?」


 美食?うち、そんな豪華なものは出していないけど。


「店長さん自覚ない?」

「何が」

「店長さんの作った御飯って、此処らの店の中では『和食』で一番美味いよ」

「そうですか?」

「うんうん。お味噌汁ではちゃんとお出しを使っているし、御飯も確りと旨味があって美味い。それにだし巻き卵はほんのりとした旨味が舌に感じられて何個でも食べたくなるし、お野菜は新鮮でシャッキリとした歯ざわりで瑞々しいし、焼き魚は皮まで炙っているからパリパリして美味しい。あ、時折煮魚の時はラッキーだよね!」

「煮魚云々は各務が好きなだけだろう」

「そうとも言う~」


 あははと朗らかに笑い、各務さんは味噌汁を一口飲んで「美味しい」と微笑む。

 その姿に横に座っている道和さんまでも微笑み、店中の空気がほっこりした雰囲気。


 うん、何だか幸せです。

 イケメン美人の効果って素晴らしいと思います。

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