3話

 

「店長さーん、まだ朝食やっている~?」

「やっていますよ。各務さんお早う御座いますって、また銭湯入ったの?」

「うん!」


 手にお風呂セットと思わしき荷物を抱え、ニコニコ笑っている眼の前のホンワカ美人さん。田中各務さんはこの町にあるバース性、αとΩ専用の学園(αとΩ以外居ないが、Ωは全国的にもαよりも少数しか居ないので生徒の数がほぼαになる)の先生だ。

 そうして珍しいΩの先生。


 基本Ωってヒートがあるから滅多なことには指導者的立場の職につくことは無い。

 数十年前までΩの差別が酷かったし、未だに田舎に行くと差別があるって言うぐらいだ。

 俺のかつての地元であるド田舎には当然差別があったし、今でもある。


 俺は確りと各務さんの方を向く。

 見た目は儚げな美女という雰囲気だけど、喉仏が確りとある男性。

 更に見た目とは違う性格。

 こう、儚げと言うのは何だっけ?と言う人物。何と言うか掴み所がないぼんやりさんなんだよね、天然さんと言った方が良いのかな、この美人さん。


「おや、かがみちゃんじゃないか。って、また銭湯はいったのか、旦那さんに内緒で入ったね?」


 朗らかに笑いながら『小林茶屋』のカウンターで珍しく朝食を食っている、ご近所で喫茶ロインの店長をしている不破さん。因みに不破さん、本日喫茶店はお休み。これからお店の仕入れをする為に出掛けるらしく、数日間喫茶店はお休みするらしい、

 暫く不在とか、よし今のうちに不破さんのイケメン顔を拝んでおこう。


 因みに不破さんの番相手で結婚相手である未明さんは居ない。何でもお二人のお子様たちの検診?とかがあるらしく、朝から病院へと行っているらしい。本来なら不破さんも一緒に行きたかったらしいが、末明さんに「さっさと仕入れて来い」と蹴り出された。

 新幹線に乗る時間よりも早い時間に。

 そんなワケで現在、俺の店で朝食を優雅に食していると言う訳だ。


「うん、道和には内緒で」

「無理でね?」


 不破さんがにっこり酷なことを口にしているけど、後ろ、うしろ。

 後ろに各務さんの旦那さんであるαの田中道和さんが引き攣った顔付きでいる…あ、今各務さんの襟首を掴んだ。


「かーがーみー」

「あ、道和~」


 ヒクヒク引き攣った頬のままで睨む道和さんとは対称的に、にっこり微笑む各務さん。

 何だか道和さんを呼ぶ声が、好きって言っている位に甘い。ただいまは旦那さんに詰問されて居る状態なのに。相変わらず各務さんはのほほん、と言うかマイペース状態だ。


「お風呂気持ち良かったよ~」

「あのなぁ各務」

「やーだ」

「まだ何も言っていない」

「言わなくてもわかるし~お風呂入りたいから聞きませ~ん」

「かがみ!」

「やーだよーん」

「あのなぁ、お前が普通に男湯に入ると他の人の迷惑になるだろうが」

「えー」


 美人さんだし、更に言うと滅多に居ないΩだしね。男性だけど。

 そう思いつつ俺もΩ男性なのだけど、何だろうこの仄かに感じる何かは。


 あーはいはい、平凡です。

 自覚しているだけにモブ感半端ない男ですよっと。


「店長、まだ朝食ある?」


 各務さんの旦那さんがカウンターの空いている座席…不破さんと各務さんの間に滑り込む様に座る。不破さんは最近結婚したばかりだから牽制の必要は無いのに、αって無意識に牽制やら威嚇やらするよね。お陰で俺の腕には鳥肌がくっきり。

 αフェロモン、しかも威嚇系。出さないで欲しいわ~俺の今の二の腕見事にチキン肌、参っちゃうなぁ。


「道和、抑えて」

「いっ!」


 ダンッという音が、各務さんの足元から響く。

 各務さん意外と強い。容赦がない。


「各務、お前な!」

「今のはね、何処からどう見ても道和が悪い。店長さんの腕が可哀想になっているからフェロモン抑えて」

「え!?ごめん、悪い店長」


 いえいえと笑顔で答えて各務さんグッジョブと心の中で思っておく。

 本来ならばαの威嚇フェロモンをぶつけられた人物である不破さんはスルーしている。

 まぁね、まあね。不破さんは滅多に居ない通常のαよりも高位のαらしいので、その辺のαのフェロモンには何とも思わないらしい。んが、各務さんはそうではない。


「不破さんにも謝る」


 もう一度ズダンッと言う音が足元から響く。

「ぐぉ」って言う悲鳴が道和さんから上がったってことは確実に、容赦なく踏まれた。多分先程と同じ場所。見事な青痰が出来そうな音だな…各務さん、番相手のαに容赦ない。


「すいません不破さん」

「いえいえ、気にしていないので」


 その気にしていないと言うのは歯牙にも掛けていないということなのだろうか。

 不破さんならありえるよね~と考えていたら、店の扉が開いてひょっこりと男性が顔を覗かせる。


「不破、いる?」


 てっきりイケメン大家が朝食を食いに来たのかと思ったら、外人さんが来店。

 此処数年、不破さんを追っ掛けて来た積極的な外人さんだ。お国は確かイタリアだったかな。名前は…忘れた。そうして当然上位α。不破さんよりはやや弱いかな?と言う感じだけど。年齢はこの外人さんの方が上っぽい。


 うぐぐ、何だか息苦しくなって来た。

 イケメンばかりだから目の保養だけど、こうもα、しかも上位が二人以上密集しているとフェロモンの関係上きつい。


「おう」とか何とか言って片手を上げた不破さんと挨拶をする外人さん。

 お客さんを視界の端に入れつつ、俺はササッと換気扇の側に行ってスイッチを入れて朝食の支度しつつ深呼吸。今月はヒートの予定は無い。だから大丈夫だろうけど、上位αが複数居る場所に居るのは不安なのでさっさと速攻の抑制剤を打つ。

 何事も予防が大事。

 此方をじっと見詰める各務さんは大丈夫だろうかと確認をすると、ニッと笑い、


「番契約しているから、αのフェロモンは道和以外わからないんだ」


 と、小さな声。

 Ωは番契約をしたα以外のフェロモンは感じなくなる。


 俺は契約したことが無いからわからないけど、それなら大丈夫かと安堵する。


 同時に少しだけ羨ましく思う。

 店を持って経営していると、Ωってβやαとは違って遥かに不自由だなと実感する。

 だからと言って一昔前とは違い、抑制剤を飲めば不自由は無いから普段から気を付ければ良いし、ヒートの時期だけは人に触れないように店を閉めて引き籠もればいい。

 こういう所、従業員が俺一人しか居ない店持ちは気楽だと思うし、地域の皆にも優しくして貰っていてとても有り難い。


「御免ね、店長ちゃん。おいクラウディオ、お前外出ろ」

「え、俺も朝飯食いたい」

「じゃ、外の席で食え」

「不破の側がいい」

「お前なぁ…」


 何だか異様に仲が良い二人だが、不破さんは末明さんと結婚している。オマケに末明さんに超がつくぐらいにベタ惚れだ。


「勘違いするな、仕事の話しをしたいからだ」


 肩をすくめて言葉を話す外人さん。

 って、前々から思っていたけど日本語上手だよなぁ。イントネーションにズレが無いって結構凄いことだよな。


「仕方ねーな。店長ちゃん御免、俺達外の席に移動するな」


 そう言って席を立ち、朝食セットが入ったままのお盆を手に持つ不破さん。

「速攻の抑制剤打ったから大丈夫ですよ」と告げるが、「店長ちゃんの身体に負担掛けさせたく無いし、このエロ外人と仕事の話しするから外行くわ~」と言って、不破さんと外人さんは二人で外のテーブル席に移動していった。

 尚、外のテーブル席は2つしか置いておらず、風の強い日や雨の日は使えない。今日は風も穏やかで天気もいい。ならば大丈夫だろう。


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