第10話 泉の主
泡がたった直後、冷たい感覚が体にどっとおとずれた。
「ユカ!」「ユカちゃん!」「落ちたぞ⁉」
みんなのあせった声が遠くにきこえる。
落ちたの? いや、それはない。泡がたったとき、思わず後ずさった。
だとしたら……。
「引きずり込まれた?」
ごぼっ。 やばっ。声がっ……!
思わず出てしまった声に、あせる。泉の中だから、息が苦しく……。
「あれ?」
ならない。服も、ぬれたかんじがない。
「え、なんで⁉」
声もだせる。普通に動ける。息も続く。
早く、水面に――。
「あれ……なんだろう。光ってる……?」
好奇心で、深く水の底へおよぐ。泳ぎは苦手じゃない。水の底へつく。
キレイなさらさらとした砂が、舞い散った。立てる。足がつく。水の……中なのに。
そのまま、足を動かしてみる。歩けた。
上から見たときは、よくわからない色だったのに。水の中から見た水は、透明だった。
「……どうしよ。これ」
ふと、泡が自分に触れた。とたん、パアンッという大きな音ともに、泡がはじけ飛ぶ。
「――ッ⁉」
思わず目を閉じる。数秒立って、なにもおこらない。どこからか、すすり泣きがきこえた。
(え、なになに。心霊現象……的なのじゃないよね?)
そっと目を開け、その瞬間、吐き気がかけのぼる。口を思いきりおさえ、あとずさった。
目の前に広がっていたのは、なんというか、残酷なものだった。五六人、倒れている。その手足、頭さまざまな箇所から赤黒い血が流れている。生々しい匂いとともに、その光景が頭に流れ込んでくる。
「し、死んで……る? そうだ、さっき泣いてたの……。あの子なら生きて――うわっ」
ふり返った。ふり返ろうとは思ったけど、自分が思ったより激しく体が動いた。これ……私が動かしてるんじゃないの?
首が動く。視界に、血まみれたバットが入った。そのバットが大きくふりかぶられる。
「ひっ――やめて! やめてください! お願い、お願い」
涙目でうずくまる、ぼさぼさの黒髪の女の子。年下に見えるな。って、待って。まさか、そのバットその子にあてる気じゃ――!
反射的に、目をつむる。体だけ、私じゃないみたい。ゴンッとにぶい音がした。声にならない悲鳴が、響き渡る。
(マンガとか……アニメでよく見るけどさ。現実だと、耐えられないのは……なんでだろう)
『主……名前は』
「⁉ だ、誰」
もうろうとしていると、低い、響いた声が頭の中に響いた。周りを見回すけど、誰もいない。とりあえず、正体がわからないものに逆らうわけにはいかない。
「小金院、結花。……あなたは? 人に聞いておいて、名乗らないのは無礼だと思う」
少しでも強がろうと、そんなことを言ったら、ふふっと重たい笑いが響く。
『面白い。我は――泉の主、とでも言っておこう』
「まんまじゃん。ねぇ、ここに引きずりこんだのは、あなた?」
聞くと、少しの沈黙が流れた後、ため息のようなものとともに主が口を開く。
『ああ。しかし……あやつではなかったか。顔が似ていたからか……勘違いをしてしまった』
「ねえ。あやつって誰? お姉ちゃんなの?」
私ににている人物って、お姉ちゃんくらいしかいない。
今度こそ、泉の主は答えてくれなかった。
お姉ちゃんのヒミツ ヒペリ @hiperi
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