第42話 銀色のひだまり

「開かない」




目には涙が滲んできた。



歯をくいしばり、今までにないほどドアを殴りつけ、蹴りつける。



「開かない!」



そう叫び、キッチンとは逆へかけだした。



目の前に少し狭い玄関が見える。



傘立てには、お気に入りのオレンジ色の傘が一本。



私は裸足のまま外へ飛び出した。



こわくて、体中が震えている。



震えがおさまらないままに、私は庭へ向かった。



庭から見える大きな窓からは電気の灯りが洩れていて、カーテンの向こうに人の気配がある。



「お母さん、お父さん!」



必死になって、その窓を叩いた。



弱いガラスだ、これで気付かないはずがない。



「開けてよ!」



けれど、反応はない。



それ所か、近所の人たちが迷惑がって出てくる気配すらない。



「ふざけんなよ!」



私はとうとうキレた。



キレ方は、心の中であれほど下に見ていたアリサと全く同じだ。



近くにあった石を握り締め、思いっきり窓へ投げつける。



石は窓に当たった。



確実に当たったが、跳ね返ったのだ。



ガラスは割れない。



傷さえついていない。



それを見て、嫌な予感が脳裏をかすめた。




大きく肩で呼吸をしながら、再び玄関の前までくる。



ノブに手をかけて、回す。



「嘘でしょ……」



ドアは開かなかった。




さっき自分が開けて、それから誰もカギをかけていないはずだ。



でも、ドアはあかない。



私は数歩後ずさりし、それから何かに弾かれたように駆け出した。



「おかしいよ、ふざけんなよ!」



時々そう奇声をあげ、頭をかきむしる。



勢いにまかせて壁を蹴ったとき、今朝見かけた牛乳瓶が目に入った。



ひとつになった牛乳瓶にはしおれてしまった菊の花が立っていて、今にも風で飛んでいきそうだ。



その時、誰かの視線を感じて後ろを振り向いた。



ちょうど3メートルほど離れた外灯の真下に、真っ白なマントのような服を、頭からかぶった男が立っている。



私は昼間体育館の裏で見かけたあの男を思い出した。



「誰だよあんた」



「君と同じ種類の者だよ」



男の声が、まるでトンネルの中にいるときのように響いた。



「はぁ?」



強気に出たが、恐怖から声が震えた。



「君はもうここにいちゃいけない」



男は真っ直ぐにこっちを向いていた。



その目は銀色にひかり、口元は一切動いていないように見えた。



「なんだよお前」



一歩前へ出た。



その瞬間、風が強くふき、牛乳瓶が倒れた。



顔だけ後ろへ向けると、中の水をこぼしながらカラカラと音を立てて転がっていく。



あれ? 花は?




「見せてやろう、本当のお前の姿を」




男の手には、しおれた一本の菊。私は一瞬息を飲む。男の親指が花の首にかけられ、ゆっくり、力を込める。




ボキッ!

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