第43話 銀色のひだまり

目の前に教室があった。



「教……室?」




私はキョトンとし、あたりを見回した。あの白い男はどこにもいない。



夢?



理解できないままに、誰もいない教室へ入る。



すると、一番に自分の机とアリサの机に目が行った。



二つの隣り合った机には、花瓶が立てられている。何本かの、白い菊の花。



「なんだよ、これ」



頭に血が上るのがわかった。



「誰だよ!」



そう怒鳴り、花瓶を投げ飛ばそうとする。



その瞬間、世界がゆがんだ。



花瓶も花も机も教室も、渦のようにゆがみ、体育館が目の前に現れた。



生徒達が次々と中へ入っていく。



校長がマイクをにぎると、生徒達のザワメキがゆっくりと消えていった。



「今日、全校集会を開いたのは」



おきまりのセリフが始まり、私は体育館の一番後ろでその様子を見る。



「もう知っている人もいると思うが、三年生の佐藤アリサさんと神谷鈴さんが、交通事故で亡くなりました」



私は声が出なかった。



どうしたの?



そんな真剣な顔してジョーク?



見てみなよ、みんな笑ってないじゃん。




「事故があったのは学校から帰る途中の道で、家の塀と背の高い花で視界がさえぎられていて、横道から出てきたトラックが二人に気付かなかったようです」



「なんだよ……ソレ」



半分、笑みを作る。



「トラックはよけたじゃん」



あの時、マリリンモンローみたいだと思ったことを覚えている。




でも、私の足は自分を支えれなくなった。



震えが止まらなくて、その場にしりもちをつく。




そして、また世界がゆがんだ。



校長も生徒達も、ゆがみ……リビングが現れた。



目の前のテーブルに父親と母親が向かい合って座っている。



「お母さん…!」



私はホッとし、母親に手を伸ばす。



……が、私の手は母親の体をすりぬけた。



昔見たことのある、



幽霊映画を思い出した。



幽霊になった主人公は自分が死んだということに気付かない。



何にもふれられず、自分が死んだと理解するまで、自分の都合のいいものしか見ない。



けれど主役が『死』を認めたときは……。



母親が大声で泣き始めた。



あの時、二階で聞いたのと同じ泣き声だ。



私はその様子をぼんやりと見つめ、それから、その向こう側へと目をやった。




自分の写真が飾られている。一つではない、



修学旅行のときのもあれば七五三の時のもある。



どれも引き伸ばしされていて、その回りには沢山の花が飾ってある。



私の大好きな歌手のCDや、好きなマンガや、好きなジュースまで。



ここまで見て理解しない人間はいない。



私は……死んだ?



また、世界がゆがんだ。



「どうです? 理解できましたか?」



男が言った。



辺りは真っ暗で、男のいる場所だけが明々と光を浴び、ひだまりのようになっている。



足元を見ると、牛乳瓶一本ではなく花束が置いてあった。



私と、アリサの、二人分の花束。



「私は、死んだの?」



私が言うと、男は口元に笑みを浮かべて、大きく頷いた。



「しかし、あなたたち二人は学校で嫌われていたようだ」



男の言葉に、私は首を傾げた。



「その花束はあなたたちの親が用意したものだ。


学校の机にあったのは先生が用意したもの。



あなたたち二人が死んで、クラスは明るくなったみたいだよ。


イジメもなくなってね」



そう言うと、男は声をあげて笑った。



腹の底から楽しんでいるように。



「違う……。私はそんなつもりだったんじゃない。



ただ、アリサに合わせていれば狙われないから!」



思わず、大声になっていた。



「イジメなんてそんな子供みたいなこと、本気でしてたわけじゃない!」

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