第41話 銀色のひだまり

真夜中、一階から物音がして目が覚めた。



静まり返った部屋の中で、携帯の画面を確認する。



ちょうど二時になったところだ。




少しあくびをして、下の階の音に耳をすませる。



机を叩くような音に、誰かのすすり泣きの声がまじる。



「お母さん?」



私はつぶやき、ベッドを降りて床に耳をへばりつけた。



聞き取れないほどの小声で父親と母親が何か話していて、時折二人の鼻をすする音が聞こえる。



テレビの音なども聞こえてこない。



次の瞬間、耳を疑う言葉が聞こえてきた。



「死のうか」



父親の声だ。



私は驚いて床から耳を離す。



体中に電流を流されたように、ピリピリと鼓膜が痛い。



今、なんて?



おそるおそる、もう一度床に耳をつけた。



「それもいいわね」



母親が答えた。疲れた口調だ。



私は思わず部屋をとびだして、下の階へ駆けおりた。



「ちょっと、何があったの!?」



そう怒鳴り、リビングのドアに手をかける。



けれど、開かない。



「お母さん、お父さん!? 開けてよ!」




自分の手が痛いくらいにドアを殴りつける。



けれど、中から反応はない。



それところか、さっきまで聞こえていた話し声も聞こえず、電気もついていないことに気付いた。



私はドアから数歩後ずさりして、「どういうこと」と呟く。



何度も肩で呼吸をして自分を落ち着かせようとしたけれど、無理だった。



慌てて二階の自分の部屋へ戻り、床に耳をつける。



「こんなことになるなんて」



母親の声だ。



一瞬身を硬くし、それから一度大きく口から息を吐き出して耳をすませる。



「どうしてなの?」



先ほどまでの小声ではなく、感情を堪えきれなくなって声をあげて泣き始める。



父親の声は聞こえてこない。



険悪した雰囲気なのは母親の声だけでも十分につたわってきた。



耳を床から離しても聞こえてくる母親の泣き声に、私は少し安心した。



確かにいるのだ、リビングに。



からからになった喉にツバを飲み込み、っきのは見間違いだったのだと、自分に言い聞かせる。



あれは、きっと夢だったんだ。



「バカみたい」



そう呟き、少し笑う。



喉を潤すため、私はまた一階へと向かった。



母親のこともきになったけど、リビングを通らずにキッチンへ向かおうと思った。



そして、階段を半分おりたところで、私は足を止めた。



「あれ?」



なにかおかしい気がする。



何がと言われたらわからないけど、まわりの雰囲気が急に変わったように感じた。



首を傾げながら、一段、階段を上る。



その瞬間、母親の泣き声が聞こえてきた。



そうだ。



今、半分おりたところで泣き声が聞こえなくなった。



だから雰囲気がかわったと感じたのだ。



私はまた一段おりた。



その瞬間泣き声はピタリと止まる。



しばらく呆然とその場に立っていたけれど、急に体中から冷や汗がふきだしてきた。



一体自分のまわりで何が起こっているのかわからない。



こわくてこれ以上は進めない。



だけど、その考えとは裏腹に、私の足は一歩、また一歩と階段を下りていく。



リビングを通り過ぎて、キッチンへ行くのだ。



リビングの前まで来ると、足が震えだした。自分で立っていられるのが不思議になるくらい、ひどい震えだ。



見ちゃいけない。



そう思っても、顔はリビングの方へ向く。



電気は消えていて、話し声はしない。



私の手が、まるで他人のものになったかのように、ドアノブへ向かった。



ガチャ……。



ガチャガチャガチャ

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