第26話 6+1

「気をつけろ。この鉄格子には電流も流れるようになっている」



男は何食わぬ顔でそう言い、迷彩服のポケットから赤色の小さなボタンを取り出して見せた。



きっと、電流を流すボタンだ。



「さぁ、話をしてやろう……」



それは、洋太と同じで帰る場所のない男の話だった――。


☆  ☆  ☆



目を覚ましたとき、辺りは真夜中のように真暗だった。



手足を伸ばそうとしても、伸ばせない。



手足だけじゃない、体の自由がきかず、寝転んだ状態から起きる事もできない。



声を出そうとしても口が何かで塞がれていて、どうにもならなかった。



まだ30代前半に見えるその男は、イモムシのように体をくねらせて、必死に周りの状況を探る。



暗闇に目が慣れ始めた頃、男は自分が小さな箱に入れられているのだということに気付いた。



手足が縛られていなくても、身動きが取れるスペースはほとんどない箱。



「う~うぅぅ~!!」



くぐもった声で叫び声を上げるが、それが誰かの耳に届くはずもない。



一体どうなってる? ここはどこだ? 何もない。ここは暗いだけで、何もない。



男は得たいの知れない恐怖から両目を見開き、鼻の穴を大きく広げて荒い呼吸を繰り返す。



俺は、どうしてここにいる?



誰かに連れてこられた?



誰に?



返ってくることのない疑問ばかりが、男の思考を埋め尽くす。



闇の中にその答えが隠れていないかと探すあまりに、男の目は真っ赤に充血し、瞬きをすることさえ忘れていた。




小さな暗い箱の中に、男の呼吸とうめき声だけが聞こえてくる。



その時だった。



男の頬に、冷たいものが伝って行った。



……涙?



一瞬そう思い、開きっぱなしだった目で何度か瞬きをする。



その時、男の目の上に、何かがポツリと落ちてきた。



「うぅっ!」



目から頭へ突きぬけるような激痛に、男はうめき声を上げ、体をくの字に曲げてもだえはじめた。



目の奥が、焼けるように熱い。



涙じゃない、これは……。



何もないはずの箱の天井から、ポツポツと、小さな水滴が落ちてきたのだ。



「う……うう!!」



しずくが体に落ちるたびに、男は大きな悲鳴を上げて、魚のように体をビクビクとはじけさせた。




水滴の落ちた右目は、表面の薄い皮膚がロウソクのように溶けて、溶けた場所から白目が覗いている。



そこから流れ出る赤い血は左目に入り、男の両目とも機能を果たさなくなった。



痛みと恐怖から、男の心拍数は跳ね上がる。




「あ……あぁぁ! 誰か!誰か助けてくれ!!」



口を塞いでいたガムテープが、男の流した血によってようやく剥がれ落ちた。



男は口で大きく息をしながら、箱の壁を使って上半身だけを器用に起こす。



けれど、両目が使えなくなった状態では、周りに助けがあるのかどうかもわからない。



天井からのしずくは、ジュッと、何かを焼くような音を立てて、男の体を溶かしていく。



その液体を出す穴は一つではない。



天井一面に、まるでそれが模様であるかのように無数に開いているのだ。



「誰か! 助けてくれ!」



逃げられない。



「誰か! 誰か!」



深い深い森の奥で、男の叫び声が響き渡る。



「誰かぁぁぁああ!!」



次の瞬間、天井のすべての穴から、大量の液体が放出された――。

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