第24話 6+1

6匹の野獣に1匹の獲物。



冷たい灰色の壁に囲まれた中、徳田洋太はそんな事を考えた。



自分の今の状態を言葉で表せば、きっとそんな感じになるだろう。



自分の目の前に、六人の男たちがいる。



正式には、洋太が閉じ込められている狭苦しい入れ物の、鉄格子の向こう側にだ。



六人の男たちはみんな黒い覆面をかぶっていて、目と口だけが肌色を除かせていた。



身長差はそれぞれだが、一番背の低い、右端にたっている男でも体つきはたくましかった。



なぜ、洋太がこんな場所にいるのか。



その話は、ほんの数時間前にさかのぼる。



   ☆    ☆     ☆     ☆



洋太は、ただひたすらに腹が減っていた。



夜の街は自分のようなホームレスが出歩く場所ではないと、知っていた。



一旦外へ出て、好奇心むき出しの若者に捕まってしまえば命さえ危ないのだから当然だ。



けれど、もう何日も水だけで生活していたため、外へ出なくても死は間近に迫っていた。



だったら、このままが餓死しなくても最後の力を振り絞って夜の街へ行こう。



運がよければ小銭くらい拾えるさ。



そんな気持ちで、薄汚れたTシャツとジーパン姿の洋太は、フラフラと、ネオン輝くその場所へと歩き出した。



洋太の暮らしている公園からそう遠くないその場所は、昼夜問わず若者が溢れかえっていた。



男と女が、人目など気にせずに欲情し、セーラー服のコスプレをした女が店に客を誘い入れる。



奇抜な格好をした十代後半の女が、給料をおろしたばかりで懐の暖かいサラリーマンの下腹部に手をやっている場面も見た。



あまりにも場違いで、本当にホームレス狩りでもされるかとヒヤヒヤしていたが、若者たちは他人のことより自分のこと。



まるで洋太だけ透明人間になったように、そこにポツリと突っ立っていた。



「……腹が、減った」



腹の音が鳴ると同時に呟き、その場に座り込む。



小銭が落ちていないかと地面をはいつくばって探したかったが、人前でさすがにそこまではできない。



そんなときだった。



うまそうな揚げ物の匂いが鼻をついた。



洋太はその匂いの出所を探るように目を閉じ犬のように鼻をヒクヒクさせた。



「おっさん、これが食べたいのか?」



その声に目を開ける。



そこには、まさに匂いの出所を持っている髪の長い男が目の前に立っていた。



男の右手に握られたコンビニのコロッケに、唾液が一気にあふれ出す。



生唾を飲み込む俺に、男は軽く笑って「やるよ」と、右手のコロッケを差し出してきた。



洋太は、一瞬ためらうが、それでも食欲には勝てなかった。



男からコロッケを奪い取ると、何日かぶりの固形物を口にした。



「おっさん、相当腹減ってたんだな」



洋太の食べっぷりを見て、男が豪快な笑い声を上げる。



コロッケ一つをあっという間に平らげた洋太は、大きく息を吐き出す。



これくらいで満腹になれるわけがないが、最後の晩餐として最高の味がした。



けれど、それだけではなかった。



「これも食えよ」



その男の言葉をすぐには理解できず、ポカンと口を開ける。



これは何かの間違いか?



マッチ売りの少女か何かと同じで、変な夢を見ているのだろうか?



目の前に差し出されたコンビニのおにぎりと、お茶。



それらが現実のものとは思えなくて、何度も目をこすり、瞬きを繰り返す。



しかし、どうやら幻ではなさそうだ。



「いいのか?」



すぐにでも食べ物に飛びつきたい気持ちを堪え、男に聞いた。



「あぁ」



男が頷くと、握りつぶしてしまいそうな勢いでおにぎりを掴み、乱暴に袋を破ってかぶりついた。



砂漠で見つけたオアシス。



まさにその表現そのままだ。



ご飯が喉を通るたび、感じる。



自分は生きている。

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