第23話 花咲くとき

「やめて! 花なんか咲かせないで!」



必死になってつぼみを千切るが、つぼみは次から次へと出てきて、どんどん成長していく。



それは、顔だけではなく、彼の両手にも現れた。



そして、彼の口元にひとつのピンク色の花が咲いた。



それを合図にしたかのように、次々とつぼみが開花していく。



子供の手のひらほどの花が、彼の顔、両手を埋め尽くす。



「一哉……一哉が……!」



人間ではないと理解していたはずの栞が、両目をカッと見開き、口をだらしなく開けて、その光景に唖然としている。



花が咲き終わった彼は、すでにただの植物でしかなかった。



人草花が人間のように受け答えをしてくれるのは、花を咲かせる数日前まで。



そう、インプットされているのだ。



「一哉! 一哉!」



栞は『一哉』という名の花に泣きながらすがりつく。



もう一度声を聞かせて。



もう一度私に笑いかけて。



もう一度私に触れて。



もう一度キスして。



抱かれなくてもいい。



そんな贅沢言わないから、だから……。



「……一哉は、死んでしまったの?」



数時間後、動かなくなった彼の前で膝をつき、栞はそう呟いた。



彼は今までちゃんと生きていて、そして死んだ。



そう解釈することで、栞の心は救われたのだ。



しかし、それと同時に強い悲しみが襲ってくる。



「あぁぁ!!……一哉! 一哉ぁぁああ!」



叫びながら、栞は素足のまま外へ飛び出し、走り出す。



すぐそばを通りかかった見知らぬ男性に「彼が死んだの! 彼が死んだのよ!」と、すがりついた……。


☆    ☆    ☆    ☆    ☆


真夜中の騒動、パトカーの赤いランプ。



群れをなす野次馬たち。



「彼が死んだのよ! 家の中にいるわ! 早く、早く誰か!!」



長い髪を振り乱し、叫ぶ女。



女は外にいるのも関わらず素足で、野次馬たちの視線も気にせず警察官へ掴みかかる。



「落ち着いて、落ち着いてください!」



若い警察官が二人がかりで女を取り押さえる。



地面にうつ伏せに押さえつけられた女は、尚も叫んだ。



「彼が……彼が死んだの!!」



真っ赤に充血した両目を大きく見開き、そこから大粒の涙を流しながら、女は叫ぶ。



「死んだのよ!!!」



☆    ☆    ☆    ☆    ☆



朝のバスは相変わらず女子高生たちの会話でにぎわっていた。



「つかさぁ、知ってる?」



「何が?」



「《人草花》のおまじない」



「おまじない?」



「あのねぇ。《人草花》に自分の好きな人の写真を見せた後、好きな人の名前で呼ぶんだってさ。そしたら、その人そっくりの顔になるんだって!!」



「あぁ、それって聞いた事あるけどさ、嘘だよ。私やってみたもん」



「マジ!? あんたやったの?」



「うん。だけどさ、なぁんにも起きなかった。だけど信じ込んじゃった人はいるみたいだよね?」



「どういうこと?」



「だから、そのおまじないを信じ込んじゃって、《人草花》が本当に好きな人の顔に見えた人がいるみたいよ? 毎日毎日草とキスしたり愛撫しあってたって」



「なにそれ、気持ちわるぅ」



「花が咲いて動かなくなったときに『彼が死んだ!!』ってパニックになって、警察まで来たらしいよ? 新聞に載ってたもん」



☆    ☆    ☆    ☆    ☆


《人草花の取り扱い説明書




注意事項

育成植物として扱う場合は、自己責任において充分に注意してください》




END

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