第17話 花咲くとき

そう言い、二人目の一哉は柔らかな笑みを見せた。



ここに来て、始めて大きく表情を変えた瞬間だ。



「そうよ、一哉」



嬉しくて、思わず二人目の一哉に抱きついてしまう。



一哉は一瞬バランスを崩したが、すぐに体制を元に戻し、ぎこちない手つきで栞の頭を撫で始めた。




「すごい、何もかわらないじゃない」



「かわらない?」



「えぇ。普通の人間と……何もかわらないわ……」



その日から、栞と二人目の一哉との同棲生活がはじまった。



栞が仕事に行くときは、コップに一杯の水を置いておき、帰るとそれが空になっている。



そして、決まって二人目の一哉は、少しずつ少しずつ身長をのばして行った。



二人目の一哉はいつもテレビの横にいたが、栞がキスをねだると濃厚で窒息死してしまうほどのキスをくれた。



抱き締めてほしいと言えばその通りにしてくれるし、触れてほしいと言えば心の底まで満たしてくれた。



一哉だけでいい。




一哉だけが、一緒にいてくれれば、それでいい……。



☆   ☆   ☆   ☆   ☆


「ねぇ、最近栞ちゃん冷たくない?」



浅井一哉が、栞の肩に手を回してくる。



「別に、そんなことないですよ」



そう言いながら、一哉の手を振り払う。



「やっぱり冷たいじゃん」



拗ねたように言うが、栞はそんなこと気にも留めずにパソコンへ向かう。


その態度に、少なからず一哉は動揺していた。



栞は自分の事が好きなのだと、前々から確信していたのだ。



それは、栞の態度、言動を見れば誰だって一目瞭然。一哉に気付かれていない、と思っているのは栞ただ一人だった。



一哉自身、最初から栞に興味があった。だからこそ、からかって遊んでいたわけだし、子供じみた事をして困らせることもあった。



けれど、最近の栞はどうもおかしい。



一哉が話かけても上の空だったり、食事を誘っても断ってきたりと、態度の変化が極端に現れた。



「もしかしてさ……」



パソコンを凝視し続けている栞に、おそるおそる話かけた。



「彼氏、できた?」



「……そうですね。そうかもしれません」



栞の目はパソコンを向いたままで、一度もこちらを見ることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る