二章

25.光る玉



「僕は魔王を倒しに行くなんて一言も言ってないのにぃ!無理に決まってるじゃん!無理だよ!あのオカッパも言ってたんでしょ!?無理だって!あぁんもうやだぁ!もう痛いのやだぁ!」


 喚くヨミチの声が迷宮の中に反響する。


「やー。やっぱり、俺たちにはヨミチくんの泣きべそが無いとな」

「昨日はなんか物足りなかったもんね」


 こだまする駄々を背後にエンショウとカノウはしみじみと頷いた。


 大怪我を負ったヨミチの回復のため、カノウとハレが育った孤児院で院長の秘書として働くフェアリーのヤヤへ協力を求めると、彼は快くヨミチの治癒を行ってくれた。

 彼は、ハナコたちからミッシュルトという男のことを聞くと孤児院の長であり大貴族ヴィオラヴェッタ家の五男であるアサギに今回の顛末を伝えてくれ、その結果アサギの温情でハナコ、ヨミチの下宿先の修理費用、更に両人の身柄及びハナコのローブへの保護が与えられることになった。

 保護とはどういうものなのか具体的には分からないが、アサギの代理であるヤヤによるとハナコもヨミチもローブを持ったまま下宿で普通に生活して「大丈夫」らしい。


「ヤヤを傷つけた男を懲らしめてくれてありがとう。何かあったら頼るといいよ」


 とは、ヤヤを通して伝えられたアサギの言葉である。

 翌日、怪我もすっかり治り元気に朝ご飯を平らげたヨミチは「まだ万全じゃないからなぁ」と頑なに主張して迷宮行を一日休み、更に翌日の今日も再び同じ言い分でベッドで丸まっていたのをその他五人の手で無理やり運び出されたのだった。


「そもそも魔王ってなんなのさぁ!」


 ヨミチの叫びに「よくぞ聞いてくれました!」とエンショウは満面の笑みを浮かべた。

 ヨミチが同行を拒み惰眠を貪っていた前日、残りのメンバーは酒場や前広場、迷宮内広場を巡り「魔王」と「鏡」についての情報を集めていたのだ。

 そしてたまたま酒場で、内広場にて出会った"隊長"とその一行に出会い彼らからある程度の情報を得ていたのだった。


「とりあえず、聞いたとこによると魔王って呼ばれてる強い…魔物?が迷宮の中に三体居座っててそいつらがそれぞれ一枚ずつ鏡の破片を持ってるらしい。ひとまず、一番近い層は三層」

「さんそー!!」


 ヨミチが卒倒しそうな声を上げる。

 迷宮というものは、深いところへ潜るほど、魔物たちも強く、賢くなっていく。これは誰でも当たり前に知っている常識だった。

 つまり、一層の時点でモンスターから逃げたり、パニックに陥って連携が狂ったりしている今のウミ隊にとって三層はかなり厳しい目標地点ということになる。


「自分が愛読してる迷宮小説だと、二層に降りようかな〜って迷ってる間に下に降り始めてた同期たちが三割にまで減ってたって描写があったよ」

「僕たち七割の方だよぉ!」

「そんなことないって!私たち意外と」

「遮るぜ。前、敵!」


 エンショウが目を細めながら鋭い声を飛ばす。暗闇に蠢く気配。独特の腐臭と、唸り声で正体を判別。初めての迷宮行…遭難の際に出会い、散々追いかけ回され痛い目を見たモンスター。


「ゾンビ犬ね」


 二体を確認。前衛が武器を構える。飛び出したウミが、跳躍の勢いのままに手前の犬に剣を叩きつける。


「ヨミチくん右カバー!!」

「ぐうううぅぅ」


 エンショウの声掛けに咄嗟に反応したヨミチが盾を構え、右からウミに噛み付こうとしたもう一匹の犬の歯を受け止める。


「そっちまわれな……あ、まとめて蹴っちゃえ!」


 ウミの左にいたカノウはそう言って軽く助走を付けると、ウミに再度顔を切りつけられ怯んでいる犬に横から思いっきり飛び蹴りをかました。

 犬はすぐ隣でヨミチの盾を砕かんと噛み付いているもう1匹の犬を巻き込んで吹っ飛び、壁に叩きつけられるときゃいんと鳴いて不可思議な方向へ曲がった脚で立ち上がろうと藻掻く。


「戦略的滅多打ち!」


 カノウの号令で三人は地面に転がる二匹のゾンビ犬にボコボコと武器を振り下ろす。

 ゾンビの生死がどこで別れるのかは分からないが、やがてその腐敗した身体は蕩けた肉塊となった。もう噛み付くことも引っ掻いてくることも、走ることすらないだろう。


「今回も優雅の欠けらも無い立派な勝利でした」


 宝箱を探し始めたエンショウは、肉塊を見て吐きそうになりながらそう皮肉げに言った。


「優雅だったでしょ。飛び蹴りなんてかなり飛距離出てたと思うけど」

「芸術点高かったよねぇ」


 きゃっきゃと盛り上がる前衛を尻目に四つん這いになって辺りを見回したエンショウは「ダメだ〜今回宝箱なし! 次行こう」と立ち上がる。


「どっち向かうの?」

「昨日、隊長に教わった扉の向こう」


 それは、迷宮内広場の方には進まない、一行にとっては初となるルートだった。

 随分ぐるぐると歩き回った気でいたが、他の冒険者の話を聞けばウミ隊は一層全体のまだ三分の一程しか踏破できていないことが昨日明らかになっていたのだった。


「そっち向かった先のどっかに、下に向かう階段があるはずだぜ」

「下ぁ〜〜」


 ヨミチの顔がみるみるげんなりとする。


「三層までなら……」


 再び歩き出したタイミングで、ハナコはそう切り出した。


「…本当は、まともな魔法使いがついていれば三層まで降りるだけならそう難しいことじゃないの。ミッシュルトの火力を見たでしょう?あれが常に後ろにいたら、何が出ようと倒すのはそう難しいことないと思わない?」


「ミッシュルトって誰だっけ?」と小声で訊ねるカノウに、「オカッパクソ野郎のことだよ」とヨミチが耳打ちする。


「まともな魔法使いって、ハナちゃんは違うの?」


 エンショウの質問に、ハナコは僅かに俯き首を振った。


「私は、魔法の実技はいつも中の下程度……道具に頼らないと魔力が見えないから他の魔法使いと比べるとどうしたって一歩劣ってしまうの。学院は、魔法使い養成学校では決して無いから、発明や研究の結果も重要視される。私はそっちの分野で学院の上位十名…ローブを羽織れる身分にいさせていただいていたわ。精一杯、努力するけれど…皆の足を引っ張ってしまうかもしれない。私の問題なのに、ごめんなさい」


 悔しげに唇を噛むハナコの肩をエンショウが励ますように軽やかに叩く。


「何言ってんだよハナちゃん! 俺らなんて元々燃費の悪いリザードマンに、ちびっこ戦士が二人、盗賊未経験の盗賊にマッスル僧侶のパーティーだぜ。他パーティーと比べりゃ全員チンチクリンだよ。そこに魔法の苦手な魔法使いなんて最高じゃねぇか。な!」

「そうそう。それに、これはもうハナちゃんだけの問題じゃないんだよ。私たちみんなあのクソオカッパ野郎にムカついてんだから。一緒に目にもの見せてやろうね」


 カノウがハナコの頭を控えめに撫でた。


「伸び代だけはよォ、たくさんあっからなァ」


 そう言って喉で笑ったウミは、直後腰に収めてあった剣を抜いた。

 前方にある曲がり角、僅かに見える向こう側の壁が柔らかな光で照らされている。曲がった先に、光る何かがある。

 冒険者か、はたまたモンスターか。

 ヨミチとカノウもそれぞれ棍棒と剣を構え、エンショウはボウガンに矢を装填する。警戒を解くことなくジリジリと進むと、角を曲がった先に肌色に限りなく近いピンク色をした、光る玉…が二つ浮かんでいた。


「なんか、アレみてェだよな。ほら、お前らにはついてる……なんだァ? あァそうだ、きんたm」


 ウミの口が、後ろから伸びたハレの手に塞がれる。


「ファズボール。魔力を動力にしている"物"よ。生きてはないけど実体はあるから壊せば大丈夫」


 ハナコのアドバイスに則り、飛び出したウミが袈裟懸けにファズボールに切りつける。鈍い音がして、ファズボールは二度明滅して地面に転がった。その横でカノウももう一つを破壊する。


「それ、強くは無いけど倒し損ねると無限に仲間を呼ぶ少し厄介な物なのよね。元々、迷宮内に向かう人々のために開発された照明兼通信機なんだけど、実験のために大量投入したら、持ち主ばっかり死んでこの通り通信機だけで動き回るようになっちゃって…。作ったのは私の先生なんだけど…回収しようか話し合ってる間に冒険者たちの間でファズボールって名付けられてモンスター図鑑に名を連ねるまでになっちゃってて……まぁもう時効かしらね…時効ねきっと…」


 遠い目をして早口にファズボールの説明をするハナコの前で、エンショウは腕組みをしてその残骸を見下ろす。

 壊れたファズボールに動く気配はないが、機能を停止した後もそれは薄らぼんやりとした光を放っていた。


「あ! 待てよもしかしてこの光る玉に金具を通して…」


 訝しむメンバーの前でエンショウは宝箱探しもそっちのけでなにやらカチャカチャと作業を始める。

 少しの間を置いて、「じゃーん!」とエンショウは何かを掲げた。


「見ろ! 綺麗じゃねぇか!? 名付けてファズボールピアス!」


 両手に収まっていたのは、手作りの光る玉のピアス。

「綺麗だね!」と目をキラキラさせるカノウに、ヨミチが何か言いたそうな視線を向ける。


「欲しい人!」

「はい!」

「カノウ速かった! ではくれてやろう」

「わーい! アクセサリーなんて普段つけないから嬉しいよ」


 満面の笑みでピアスを耳につけるカノウを、ウミがニヤニヤしながら指さす。


「クク。なァ、あいつ耳にきんたm」


 ハレの手が素早く動いてウミの口を塞ぐ。


「機能は停止しているけど、元は魔法具だから身につけていると多少いい事はあるかもね。エンショウ器用みたいだし、モンスターの素材を集めておけば他にも何か作れるかもしれないわ。魔法具制作にモンスターの素材は不可欠だもの」


 ハナコの言葉にエンショウは俄然やる気が出たようだ。


「いつか、みんなの分のファズボールピアスも作ってやるからな」


 そう言って鼻の下を擦るエンショウに、カノウを除いた四人は何とも言えない苦笑いで返したのだった。

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