第22話 転職失敗


 静まり返ったダールマの神殿に、聖句が響き渡る。


 長かった……。

 実に長かった……。


 前回の更新から間があいてしまったという意味ではない。

 決して、そのような意味ではない。


 俺が、"聖女"という天職を授かってからというもの……、あまりにも密度の濃い日々が続いた。

 それがゆえに、とてつもない時間を過ごしたように錯覚してしまうのだ。


 走馬灯のように、屈辱にまみれた日々が脳裏を駆け巡る。

 突如として"聖女"を授かり万座の前で嘲笑されたこと……エレクトリカルパレードで宙づりされたこと……馬車に軟禁されて犯されそうになったこと……酒に呑まれてオネショをしたこと……。

 正直、ロクな思い出が無い……。


 だが、そんな日々もこれで最後だ。


 そう思えば、なんとなく感慨深くもある。


 これからは俺も他人に優しくなれそうだ……。

 今後は、職業やジェンダーに由来する差別だけはしないようにせんとな。ハハハッ。



「エーリークジェルーントト、デダュー、パジャエンン、チリービズ……」

 司祭が唱える聖句が心にしみわたる。


 まるで、いままでの生が洗い落とされて、新たな生へと昇華しようとしているかのような感覚に襲われた。


 "聖女"以外なら、どんな職業であっても問題ない。正直、外れクジの存在しないクジに挑むようなものだ。


 心に余裕が生まれた俺は大きく叫んだ。

 

「もはや、どんな天職であっても構わない。聖女以外ならば。さあ! エフェクトよ早く来い!」

 そう叫んだ俺を、司祭が訂正をした。


「いえ、天職の再授与についてはエフェクトではなく、三択です」

「さ、三択……?」

「ええ。三択です」

「初回と違って、ある程度の選択の自由がないと可哀そうなことになってしまいますからね」


 三択。


 一抹の不安を覚えるが、三つも選択肢があって全てが外れになることなど、ありえるだろうか。

 それこそ、何らかの恣意的な原因が存在しない限りあり得ない話だ。

 ここで不安になる必要はない。

 不安になる必要はない……はずなのだ……。


「な、なるほど。そういうものなのですか」

 俺はなんとか相づちを捻りだした。


「そういうものなのです。さぁ! 来ますよ!」

 司祭が突如として声を張り上げると、空から一筋の光が、俺の目の前の石板に落ちた。

 そこには、白く浮き出る文字が三行だけ記されていた。


「こ、これは……!」

「これこそが、女神プギャープゲラゲラの秘蹟です。さぁ、貴方の目の前に示された選択肢を読み上げるのです! 」

「どれどれ……」


 そこに記されていたのは……。








 → 大聖女

   超・聖女★

   聖女しか勝たん




「な、なんだと……!」

「す、素晴らしい! いずれも"聖女"の上位職です! まさに女神様に愛された人ですな」

「これはいかん!今すぐ、洗い替えをしてくれ!」

「無理です」

「はっ?」

「だから無理なのです」

「なぜ?」

「まず、さきほど行った秘蹟により、女神様は貴方の魂に職を刻みこんだわけです」

「はぁ」

「一度刻み込まれたものは、もう二度と……刻まれる前の状態には戻りません」

「えっ?!」

「仮にここで選択をせずに自害をしたとしても、来世以降の輪廻で、この三つの選択肢を選び続けることになるわけです」

「なにそれ、怖い……」




 そのときだった。


 突如として、目の前の石板に30という数字が出たのだ。


「こ、これは……29……28……どうやらカウントダウンをしているようですね」

「ええ。そのとおりです」


 嫌な予感がした俺は、司祭に質問をした。

「25……24……。この数字が減るとどうなるんですか?」

「カウントに合わせて、寿命が減ります。ちなみに0になると即死です」

「はやくいえよ!」



 ……そうして、俺は"大聖女"への転職を果たしたのだった……。









■■あとがき■■

2021.05.03


社長からのオーダーを打ち返す日々が続いた。

……といっても、無駄なパワポを無駄に作り続けるという無駄な作業をするだけだ……。

これで給料がもらえるのなら安いものなのかもしれない。


「無駄な仕事増やさなくていいから、担当者増やしてくれよ……」

社長室に据え付けられたご意見箱に「社長が無能すぎるからクビにしてほしい」という投書をしかねない、やさぐれっぷりだ。


そんな疲弊した筆者に声をかける女性社員がいた。


「すみません。テリードリームさん、少しだけお時間いただいてよろしいですか」

「キミは……Lちゃん」

 担当内でもずば抜けて若々しい一般職のおねーちゃんから声をかけられた筆者は、ほいほいと個室会議室に向かったのだった。

 

 個室会議室で彼女と向かいながら、筆者は思った。

(あいかわらずのマスク美人だ。妄想が捗るぜ)

 そんなアホなことを思っている筆者をよそに、彼女は口を開いた。


「今日はすみません。貴重なお時間をいただいて」

「いえいえ。どうしましたか」

「実は」

「はい」






「来月中旬をもって退職させてください」

「な、なんですって!」

「前々からY分野の仕事に興味があったのですが、この度、ご縁をいただきまして。来月の途中から入社してほしい、と言われています」

「そうですか……。突然の申し出なので、とても混乱しており、理解が追い付きません。ただただ、大変驚いています」


 筆者は得意の文句である「大変驚いています」を用いて、時間を稼ぐ。


 だが名案が思い浮かばない。

 名案が思い浮かばないのだ。僕、一体どうすればいいの?

 ねぇ、どうすればいいの??


 Lちゃんを指導していた社員は、3月末をもって退職したばかりだ! やばい! やばい! このままじゃあ、Lちゃんがいなくなって、庶務をカバーできなくなっちゃう!


(そ、そうだ……! 慰留しないと!)

 筆者は咄嗟に言葉を紡いだ。


「Y分野ですか……。当社で培われたキャリアとの連続性が絶たれてしまいますね。それに、詳しいわけではないですが、浮き沈みの激しい業界だと伺っています。一方、当社は業績は決してよくありませんが、ここ1~2年で倒産するようなことはありません。どうか考え直してくれませんか。日本自体が凄まじい勢いで沈没しているような経済環境です。こうした環境の中で、あえて転職という選択肢をとる必要はないように思います。コロナや国際経済の状況が落ち着いてからでもいいように思うのですが」

「お気遣いありがとうございます。ですが、自分が働いた分だけ評価されるような仕事をしたいと思っていましたので、申し訳ありませんが」


(当社の一般職の給料は安すぎるからな……。俺でも辞めるわ)


 こんなときに限って、もの分かりのいい自分の本性がでてしまう。

 一日の半分は寝ていて残りの半分はお菓子を食べているNさん。そんな彼は、彼女の給料の倍はもらっている。そんな現実を目の当たりにして、真面目に働くのもあほらしくなってしまったというところか。

 

「分かりました。悩んだ末の人生の決断だと思います。これはオフレコでお願いしますが、会社はともかく、私個人としては応援したいと思います。いままでは一般職ということで手加減していましたが、最終出社日までの残りの期間は手加減をしないことにします。最大限に学んでもらった上で旅立っていただくことにします」


 筆者は無理をしてしまった。

 無理をして恰好をつけてしまったのだ……。

 本来ならば、無様に転職先の実情を調べて、彼女に二の足を踏ませるべきなのだ。

 だが、それは人としてできなかった……。


 業務時間外に、部下社員が全員退社した後に、半泣きになりながら対話記録を作成し、上司に報告をした。

 その翌日のこと。






「すみません。テリードリームさん、少しだけお時間いただいてよろしいですか」

「貴女は、派遣BBA一号さん……。まさか……」



(つづく。次回作の構想もできてきたので、本作は急ピッチでたたみにいきますwwwwすみませんwwwww)


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