第19話 エレクトリカル

 

 ウサマ王の口元にかすかな笑みが浮ぶ。

 

 その笑みが消えぬうちに、王は口を開いた。

「"聖女"さまのご来臨を此度賜ることができ、余は大変光栄に存じ……」

 

 周囲の貴族に、動揺が走った。

 まさか、のっけから王がへりくだるような口上を述べるとは思っていなかったのだろう。

 まがりなりにも国王。

 国の最高権力者が頭を下げるなど、尋常ならざる話なのだ。



「深く世界の大勢と王国の現状とに鑑み、非常の措置をもって時局を収拾せんと欲し、"聖女"さまに仕えん。

 ここに忠良なるなんじら臣に告ぐ」


 謁見の間は静まり返っている。

 たしかに人類と魔人との闘いは熾烈を極めている。

 だが、その現状を直視して劣勢を顧みることなど、史上類を見ないことであった。

 ましてや、王が臣に語り掛けるなど。

 

 その場にいるすべての人間が王の紡ぐ言葉に耳を傾けながら、息を飲んだ。


「余は王国全土をして魔の民が住まう暗黒領域に対し、挙国一致による戦時体制を構築することを通告せしめたり」



 シーン。

 

 えっ。

 えーっと。


「きょ、挙国一致による戦時体制……?」

「"聖女"さまが少数で征伐に向かうはずでは……」

「な、なぜ……」

 貴族たちの騒めきが止まらない。


 そもそも魔人との戦いは、優れた"個"により行われてきた。

 大軍による決戦を仕掛けたとしても……焦土と化した辺境を手に入れるだけで、国が投じた戦費を回収することは困難。

 少数精鋭がゲリラ戦を仕掛けることが定石となっている。


 俺の横に立っている男爵は「ほぅ。流石ですな」などという感嘆の声を漏らしているが、俺は困惑するばかりだ。

 王は眼前の口上書に目もくれずに、ただ俺だけを見据えて諳んじているのだから。


 

「長々と口上を述べたが、神託に沿って二つのアイテムを渡さねばなりません」

 そう王が言って目録を広げながら右手をあげると、側仕えが二人、うやうやしく進み出てきた。


 それぞれが掲げる盆の上には重厚な白布をかぶせられており、なかを窺うことができない。

 

「どうぞご照覧くだされ」

 王が促してくるのでめくると……そこには、葉っぱがあった。

「これは……葉っぱ?」

 楓の葉を巨大にしたような形状。随分と神秘的なオーラを感じ、俺はついつい質問をしてしまった。

「世界樹の葉になります。危機が迫ったときには遠慮なく使ってください」


「「「おおっ……」」」

 いきなりの神話級のアイテムだった。

 使用すれば瀕死の重傷を負ったとしても全回復する、そんな話を誰しもが幼少のころに物語で聞いたことがあるような一品。


「さぁ、もう一つもご確認ください」

「分かりました」

 俺は恭しくあらためる。


「……チューブ?」

「瞬間接着剤です」

「は?」

 どう見てもア●ンアルファだ……。

「なんでこんなものを?」

「神託によるものですので、余にもわかりかねます。ですが、女神さまの深謀遠慮によるもの。きっと長い旅路のどこかで役立つことでしょう」

 

 女神の采配……。

 とてつもなく嫌な予感しかしないが……。

 だが、俺は根っからの貧乏性だ。ゴミでなければ遠慮なく受け取ってしまう。

 まさか、ア●ンアルファを受け取ったことを後悔することなど起こりえないだろうし。


「他には……銅の剣と百ゴールド……かふざけておるな」

 そういうと、突如として、王は目録を破り捨てた。


 その様子を見た宮廷事務官の顔が一斉に青くなった。

 まるで事務的に固めていた案を、ちゃぶ台返しされたような表情だ。


「このような内容では、到底聖女さまの労に報いることはできぬ。余はそう考える」

 そして、続けた。

「まずは……今年度の予算のうち……予備費は全て"聖女"さまへの支援を目的とした予算へと組み替える」


「「「「「 !! 」」」」」


「これで数十億ゴールドは確保できたが……。まだ年度途中で未消化となっている予算も多くある。全ての未消化となっている予算のうち、三割を同様に"聖女"さまへの支援予算へと組み替えようか」


「お、お待ちください!」

 どう見ても文官と思しき人物が声をあげる。

「そ、そのようなことをすれば次年度の公共事業にも影響が……」

「影響がでないようにするのが臣らの仕事であろう。"聖女"さまが歩まれる道路の整備、宿場町の開発、魔族との闘いにおいて橋頭保とする砦……。いずれも従来の計画を変更することで対応できるはずでは?」

「そ、それは……」

「かえって、予算消化のために無駄に道路を掘り起こすことが無くなって良いぐらいだ。戦時に効果を最大限にするように予算配分をすることに何の問題があるのか」

「で、ですが……」

「くどい。ここで言い合う時間すら惜しい。すぐに着手せよ。これは王命だ」

 あわれな文官はすごすごと引き下がった。


「というわけで……」

 王は再び俺の方に向いた。

「次年度はしっかりと徴税方針も見直して、盤石の予算を組むゆえ安心めされよ」


 ニカッ。

 満面の笑みを浮かべてきた。


 なにか、この国を根幹から揺るがすようなことになってしまっている気がする。

 これが原因で国が傾いたりして、後世で俺が批判されたりしないよね?

 全身を滝のように汗が流れる。

 


「それと、最後に……」

「はい」

「この式典のあと……"聖女"さまには立食での懇親会にご出席いただく予定……」

「懇親会ですか……。構いませんが」


 並みいる大貴族たちと酒席を共にするのだろうか。

 ……聖女アーマーを身にまとっての立食など罰ゲーム極まりないが、王城でのパーティーに参加するのなど一生に一度あるかないかだ。

 せいぜい出されるメシを堪能させてもらうとしよう。 


 俺がそんなことを思っていると、王が続けた。

「でしたが、方針を変更させていただきます。偉大な"聖女"さまの御姿を我々だけが拝見するのもいかがなものか、と後々の批判にもつながりかねません。そのご威光を広く民衆に知らしめるためにも、これからパレードを行うこととします」

「は?」

「はい。パレードです」

「なぜそうなるんですか?」

「"聖女"さまを見ることができて、より一層、王国民も結束することができましょう。これからの魔人との戦いに向け、国威高揚にもつながります」

「ま、まて……!」



 一体、何を言い出すんだ……。

 この国王はもはや正気を失っているしか思えない。

 明日のパレード開催までに夜逃げをしよう。


「さすがに今日は日が暮れている。パレードの開催というのは一向にかまわんが、まさか、この時間にパレードを執り行うなどということはないだろうな」

「勿論、今日はもう日も暮れております」




 王は窓の外を見やった。

 そこには一面の夕闇の世界が広がっていた。


 はははっ。勝った。

 明日には高跳びだ!

 


 だが、勝利を確信した俺に王は告げた。














「そこで、エレクトリカル・パレードをさせていただこうこかと思います」

「な、なんだと……!!!!!!!!!!」








■■あとがき■■

2022.02.14


病休に入ったBさんは恐らく……、復職しないまま退職することだろう。

……彼の業務を一般職のMちゃんに下ろしてしまえば間違いなく潰れてしまう。彼女にストレートに下ろす選択肢はとれない。だが、仕事を分散しようにも……常にイビキをかいて寝ているデブと常にスマホを弄ってるアホしかいない……。


いやはや参った。

所詮は姥捨山のようなラインなのだ。筆者が受ける形にして、筆者の専門業務を隣接業務をやってる人に回して……無理か……。それができるなら既にやっている。


筆者がライン長になる際に、どさくさでLちゃんと長老を他のラインに抜かれてしまった弊害がここに来て出てくるとは……。

彼らがいたら、自ラインでの解決を図ることができた。だが、もはやその一手は打てない。


それからの筆者は、他ラインに応援を要請するも断られ、部長に要員増を陳情するも顔を真っ赤にされて「そんな要員どこにおるんや」との心ない言葉を受けるのだった。

まさか、Lちゃんと長老をパクったラインにまで断られるとはな……。

エゴを剥き出しにする人間ほど恐ろしいものは存在しない、そう身をもって学んだ。


業務の山を崩しながら何とか持ちこたえて、筆者が手作業を担って業務を回す日々が続く。「管理職だから超勤時間を気にしなくてよい」そんな愚かな思考に取りつかれるほどだった。


だが、悲劇とは重なるものだ。


まさか、X領域の状況について経営レポートを求められるようになるとは。

そして、自ラインから新型コロナの陽性者がでるとは。

さらには、T社が●●●●●●●を原因とした●●●●を起こすとは……。


とうの昔に、地獄の釜の蓋は既に開いていたのだ。


(更新遅れてごめんよ。遅れた経緯は↑のとおりです)



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