第16話 聖女保護法

「う、うわああああああああああああーーーーーーーーーーーーーー!」

 聖女アーマーに襲いかかられた俺の悲鳴が、むなしく宝物庫に響いた。




~ 事後 ~



「ううっ……なんでこんなことにっ……」


 聖女アーマーへの抵抗むなしく、俺はソレを装備させられていた。

 まるで意思のある軟体生物のようにまとわりついてきて、いくら打撃を繰り出しても阻止できなかった。

 非生物に対して、打撃はあまりに無力だった……。


 まさか、俺の人生においてウェディングドレスを身にまとうことになるなんて!

 いまだに自分の身に起こった出来事に理解が追い付かない。


 俺の性別が女だったらまだしも……俺は男だ。

 第八開拓村エイトヴィレッジに生まれ、武によって人生を切り開くことを誓った身だ。

 そんな俺にとって、この上なく耐えがたい屈辱。

 

 あまりの辱めに、俺は身を抱えるようにしてうずくまってしまった。

 こんなドレスを身にまとっている姿だけは直視されたくなかった。




 ポン。



 そんな俺の肩に、手が置かれた。

 顔をあげると、そこにはナルアスキー男爵がいた。


「"聖女"さま……」

「男爵……」


 なにか慰めの言葉でも来るのだろうか。

 俺は顔をあげた。




「とてもよくお似合いですよ」

「き、貴様ァーーーーッ!」


 この期におよんで、なおもおちょくってくるとは!

 俺は怒りのあまり右からの正拳突きを放った。



 だが。



 阻。


 なんと! 男爵の掌によって、俺の拳が遮られたのだ!

 俺の渾身の右拳がだ!


「ば、馬鹿な……ッ!」

「落ち着いてください。"聖女"さま……」

「これで落ち着いていられるかぁーーー!」

「そこを何とか」

「うるさい!」

「これ以上時間をかけて騒がれると、謁見に支障がでますゆえ」

「えっ……?! えっけ??!!」

「謁見です。本日の聖女さまとの謁見にあたっては、実に王国の侯爵以上の貴族が全員臨席いたします」

「侯爵以上が全員?!!!」

「はい」

「なぜ」

「王国として、"聖女"さまを最大限に敬う姿勢を示すためです」

「そんなん示さんでええわ」

「国として最大限の敬意を示すためには、上級貴族全員の臨席という外形が必要だという判断なのでしょう」


 並みいるお貴族さまの出席する式典……。

 たしかにSSR天職の中でも確率が低い職であれば、それぐらいの対応が求められるのかもしれない。


 だが、今の俺の無様な恰好を見ろ!

 こんな格好で謁見するなど常識的に考えてありえない話だ。


「直前になってすまないが、今回は辞退させてもらう」

 俺はドタキャンをして難を逃れることにした。


「なるほど」

 あまりにも男爵が冷静に反応をしてきた。

 普通ならば引き留めるはずだが……。


「引き留めないのか」

「いえ、そこは"聖女"さまのご判断になりますゆえ」

「理解してくれて助かる」


 俺は胸をなでおろした。


 この後は、もう"聖女の従者"のジェシカちゃんと国外逃亡するだけだ。

 さすがに侯爵以上の出席する式典をブッチしても、王国に居座り続けることができるほど図太くはない。


「そうなりますと……」

「はぁ」

「王も含めて、侯爵以上の貴族が全員自害することになりますね」

「へっ?」

「ですから。侯爵以上の貴族が全員自害することになります。勿論、王も自害します」

「なぜ?」

くだんの聖女保護法の立法経緯にも関わる話になるのですが」

「はぁ」

「かつて、"聖女"とは迫害の象徴のような天職でした。勇者の性的暴行の被害になることもあれば、悪役令嬢と誤認され追放の憂き目にあうこともあり、あまつさえ、魔王に手籠めにされるようなことまでも……」

「いや、それは……"聖女"という天職に保護プロテクトをかけない女神のミスだろ……」

 俺のツッコミをスルーして、男爵は話を続ける。


「そのような事態を憂いた人々によって、聖女保護法という国際法が制定されたのです」

「えっ……国際法なの?!」

「ええ。ありとあらゆる国内法より効力が強い国際法です。そして、当然のことながら我が国も批准しています」

「はぁ」

「その第一条の中段にですが、"国家は、生死をかけて戦う聖女を最大限尊重し、これを敬う"とございます」

「はぁ」

「この第一条が、後ろの方の条文の罰則の解釈に効いてくるわけです」

「はぁ」

「第八十九条……”国家が聖女を尊重しない場合には、死をもって償う”というのが中ほどにございます」

「えっ」

「ここの"死をもって償う"という一文の解釈については諸説ございます。これをそのまま読んでしまうと、国家が死をもって償うように読めますので、国を滅亡させるしかなくなってしまいます。そこで、通説では、国家に誤った判断を下した国家首脳が死をもって償うという解釈に至るわけです」

「なぜ」

「歴代の"聖女"さまは国どころか人類のために命をかけて戦ってくださるわけですから、何かにつけて国家首脳もまた命をかけなければなりません」

「……」


 ふと、俺は気になったことを質問した。

「ならば、なぜ"聖女"の貞操は守られないのだ。それこそ聖女保護法で保護すればよいではないか」

「それはありえないですね」

「なぜ」

「そもそも歴史的経緯を踏まえると、"聖女"とはすべからく汚されてきました」

「ひどい話もあったものだ」

「その状態が継続した結果、いつしか"聖女"を犯す自由も確立されることとなりました。いまや基本的人権の一つです」

「そんなバカな」

「もし仮に聖女保護法で、この自由を制限したとなれば……法による自由への侵害が強すぎて立法できなかったということです。ですから、聖女保護法はあくまで国家を対象として定めるに留め、人民の権利を何ら制限しない条文となっているのです」

「……」



 もはや、何がなんだか理解が追い付かない。

 俺の頭がおかしいのだろうか。

 

 なぜ……。

 なぜ……女神プギャープゲラゲラ様は、俺にここまでの苦難を歩ませるのだろうか。

 俺が謁見しないだけで、並みいる貴族が死んでしまう……まさに国家の存亡の危機といえよう。



 だが……俺が王に謁見するだけで、罪のない命が救われるというのならば……。


「分かりました。謁見します」

 俺はそう発言せざるをえなかった。






■■あとがき■■

2021.01.05


あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


皆様、どのような初夢を見ましたか?

筆者はチン●が癌になって腐る夢でした。

今年も一年間よろしくお願いします!







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