第11話 ヤリ馬車の中の戦い

 ガチャッ。

 馬車のドアが外側から施錠された。



「おやっ」

「大丈夫です。これから馬車が出発しますので、安全面の都合で施錠をしただけです」

「外側から施錠するものなのですか」

「ええ。高速馬車向けに軽量化を図った結果、構造上そうせざるをえなくなったのです。これぞまさに、"聖女"を施錠ってやつですな。ハハハ」

「親父ギャグですか。特に面白くないような……」

「いえいえ。実はこれが……ちょっとしてから解錠が始まると、なんとも面白くなってくるのですよ」

「ちょっとしてから解錠?」

「どうか気になさらず。すぐに明らかになることを気にしていると、ケツの穴が小さい男だと思われてしまいますよ。まぁ、私は小さい方も大きい方も好きですが」

「そういうものなのですか」

「そういうものなのです」


 どこか腑に落ちないものを感じながら、俺はシートに腰かけた。

 革張りのシートに、音もたてずに身体が沈む。

 とても性能の良いクッションを使用していることが分かる。

 

 馬車が進みだしてスピードがのってきた。

 他に馬車が走っていない道路を走るのだ。

 乗合馬車では決して体験することのできない疾駆に、俺は、思わず興奮してしまった。


「おおっ。しかし、これは……」

「驚いたでしょう?」

「まったく揺れないですね」

「すぐに気づかれるとは流石です。実は、サスペンションという最新のアイデアを取り入れているのです」

「はぁ~。最新ですかぁ。素晴らしいですね」

「どれだけハードな運動をしても、車体への揺れが吸収されますので遠慮しないでくださいね」


 周囲の景色がめまぐるしく流れていく。

 俺は、窓ガラス越しに外の様子に見入っていた。

 しばし、窓ガラスに手をやって呆然と外の景色を見ていたのだった。


 そんな状態がしばらく続いた後、俺は少し息苦しさを覚えた。


「しかし……ちょっと暑いですね」

「おや、そうですか」

「あと、少し息苦しいような……」

「そうですか。実は」

「はい」

「この馬車なのですが軽量化を実現するために色々と犠牲にした機能がありまして」

「機能?」

「少し換気がしづらいのですよ。まあ色んな意味で熱がこもる構造なわけですね」

「そうなんですか」

「ですから……。遠慮なく上着を脱いでください。私も少々暑く感じてまいりましたので、脱がせていただきますよ」


 そう言うと、ナルアスキー男爵は上着ジャケットを脱いでから畳んだのだった。


「いえ、さすがに貴族様の前で上着を脱ぐというのは……」

「遠慮なさらないでいいですよ! 私なんて、今からシャツの第一ボタンも開けてしまいます。まだまだ王都までの道のりは長いのです。こんなところで暑さに負けている場合ではありませんよ!」

「……分かりました」


 そう言うと、俺はフード付きコートを脱いだ。


「ほぅ……」

 なぜかナルアスキー男爵が嘆息を漏らす。


 フード付きコートの下にあるのは、タンクトップとショートパンツと第八開拓村エイトヴィレッジで鍛え上げた身体だけだ。

 そんなだから、俺はコートを脱ぎたくなかったのだ。


「なるほど。これは……」

「お恥ずかしいです」

「いえいえ、大したものですよ。まさか、これほどとは……」

 

 しきりに誉めそやすナルアスキー男爵をよそに、俺は再び窓の外を見やる。

 流星のごとく流れていくだけの風景。

 それを見ていると、久しぶりに穏やかな気持ちになってきた。


 "聖女"なんていうクソな天職について考えなくていい、とても穏やかな時間。

 だが、そんな時間は突如として終焉を迎えた。










 さわさわ。



 ?



 さわさわ。





「うんっ?」

 俺が違和感を覚えてみると、太ももをナルアスキー男爵の手が触っていたのだった。


 ボディタッチ。

 そんな言葉が頭をよぎる。


「だ、男爵。なにを……?」

「悪いんですよ」

「えっ」

「だから。悪いんですよ」

「なにがですか?」

「私をこんなにも誘惑してしまう、"聖女"さまのスケベな身体が悪いのです!」

「な、なんだとぉーーーーー!」


 俺はとっさに太ももに乗せられた手を払おうとした。

 そこはかとなく貞操の危機を感じてしまうから。




 だが。



 握。


 俺の腕を握り返されてしまった。

 力をこめても拮抗されてしまう。


「なっ……!」

「ハハハ。私は握力には自信があるのですよ。色々と握るのに忙しい身ですから、いなり寿司とか……色々とね!」


「く、くそがっ!」

 俺は、シートに座ったままの無茶な体勢から蹴りを繰り出そうとする。

 


 だが。



 ガツッ。


 蹴りがシートに当たってしまい、思うように繰り出せない。


 この狭い車体のなかだ。

 蹴りは障害物にあたってしまい、ほぼ意味をなさないことが分かった。



「な、なに……ッ?!」


 戦いづらさに困惑する俺に対して、ナルアスキー男爵はこう告げたのだった。

「ハハハ。ここは私のフィールドですから。地の理は私にあるのです。さぁ、"聖女"様も観念するのです!」


 圧倒的なまでの不利。

 きっと男爵はいままでに同じようなことをしてきたのだろう。

 この車体のなかという限定したフィールドにおいては、圧倒的にナルアスキー男爵に利がありそうだ。


 背筋に冷たい汗が流れるのを感じながら、俺は思ったのだった。





(こ、このままだと……られるかもしれん……)





■■あとがき■■

2021.12.18

「寝オチしないって……寝オチしないって言ったじゃないか!」

「フハハ、読者よ! あれはリップサービスだ!」

「な、なんだって?!」

「ホントにすまんな! 仕事で疲れて寝てまうからしゃーないんや!」





 かつて新宿のトンカツ屋で友達とメシ食ってたら、横の席にゲイが座って太もも触られたんですよね。

 本話を書きながらふと思い出しました。

 たしか、あのときはビールおごってもらったなぁ。

 


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