第9話 施錠

「王都までアテンドすることになった、ピエール=ガッチム=ナルアスキー男爵だ。よろしく頼む」

 貴族の男は握手を求めるように右手を差し出しながら名乗った。


(貴族なぞヒョロガリの集まりかと思っていたが、この体つき……なかなかに鍛えられているな)

 飾り付けられた服装が盛り上がっている。

 きっと見せかけではない筋肉なのであろう。

 俺には及ばないにしても、武を求めて鍛えなければたどり着かない域にいることは間違いない。


第八開拓村エイトヴィレッジ出身のムーラチッハです。よろしくお願いします」

 あえて天職は名乗らない。

 "聖女"などと自ら名乗った日には俺の心が腐ってしまう。


「なるほど。当代の"聖女"さまについては話は伺っていましたが……。なるほどなるほど」

 そういいながら、ねめつけるような目線で俺の身体を見やってくる。

 よほど、俺が練り上げた武が気になるのだろう。

「いえ、俺は"聖女"というのは何かの誤りだと思っているのですが」

「そんな! ご謙遜なさらずに。日ごろの行いをみて女神さまが授けてくださったのですから。それに……私にとっては


 男爵の発言を遮るようにして司祭が口をひらいた。

 男爵と司祭では、そこまで気を遣う必要がないということなのだろうか。

 その力関係は定かではないが、同等ということであれば司祭も決して軽んじてはならない。 


「そろそろ時間ですよ。あまり長く挨拶をしていたら、今日の夕刻までに王都に着くのが難しくなります」

「そういえばそうですね。つい……盛り上がってしまいました」

 反省する男爵に対して、司祭が続ける。

「すぐにでも高速馬車に乗って、領都を発ってください!」

「なぜにそこまで急ぐのですか?」

 状況を飲み込めない俺が質問をすると、ご丁寧に司祭が説明をしてくれた。


「"聖女"のようにSSRの天職を授かった者が現れた場合には、翌日中に王都に出頭しなければなりません。そのため、貴族をアテンドし、平民には使用が認められていない高速馬車を利用することで、その期限を守るわけです」

「な、なるほど……。そういうものなのですね。勉強になります。しかし、高速馬車というのは……」

「ええ。特別に整備された高速馬道を走ることを認められた特別な馬車です。馬の品種から、馬車の車体まで全てが素晴らしい出来ですよ」

「そういうものなのですか」

「さぁさぁ! 早く乗ってください! あまり時間はないですよ!」


 司祭に勧められるがままに、二台の馬車のうち一台に、"聖女の従者"の女性と乗り込もうとしたときだった。

 

「ちょっと待ちなさい」

「?」

 俺はナルアスキー男爵に肩を掴まれた。


「妙齢の女性と、血気盛んな男性が長時間同じ馬車に乗るというのは好ましくないように思います。ここはやはり、私とムーラチッハさんの二人が、もう一台に同乗をすべきでしょう」

「俺は、彼女と乗って話をしたかったんだが……」

 俺は、まだ彼女の名前すら知らない。

 というか、なんとしてもこの機会にお近づきになりたい。


「"聖女の従者"さまとは今後も旅を同じくされるのですから、いまにこだわる必要はありません。それに、もし仮に過ちを犯してしまった場合には、取り返しがつかないことになるかもしれません。どうか、ムーラチッハさまは私と同じ馬車に乗ってください」

「俺はそのような過ちを起こさないと思うが」

「万が一にでも"聖女の従者"が汚されてしまった場合には……言い伝えによると、魔物が十倍の強さになってしまうとのことです」

「?! 十倍……?!?!」

「とってつけた設定のように思えるかもしれませんが事実なのです。"聖女の従者"が犯されるような事態になれば、人類は窮地に陥ります」

「そんなバカな」


 俺は耳を疑ったが、別方向で気になったので質問をすることにした。

「仮にですが……"聖女"が犯されるような事態になればどうなるのですか?」

「"聖女"さまが犯されるような事態ですか……」

 なぜか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたあとに、ナルアスキー男爵は続けた。


「何も起こりません」

「はっ?」

「何も起こらないのです」

「なぜ?」

「かつて異世界から召喚された魅了系"勇者"や、NTR系"勇者"などが跳梁跋扈したことがあったのですが、そのころにデータが蓄積されて、何ら影響がないという結論に至っています」

「そんなバカな」

「こちらは統計学上正しいものという結論に至っています。申し訳ありません」


 もはや意味不明だ。

 "聖女"の貞操より"聖女の従者"の貞操の方が大事だということか。

 そんなところに脆弱性をつくる意味がもはやよく分からない。

 どうなっているのだ。

 この世界は一体どうなっているのだ。


 ましてや俺は男性だ。

 そもそも俺が"聖女"であること自体が間違いなのだ。

 ややもすると、"聖女の従者"である彼女の方が"聖女"にふさわしいように思えてしまう。

 本当は、彼女の方が"聖女"なのではないか。

 きっとそうだ。


 俺が現実逃避をしていると、ナルアスキー男爵が背中を押すようにして馬車を指し示す。

「さぁ。"聖女"さま! もう馬車に乗らないと! 王都にたどりつけませんよ!」


 ナルアスキー男爵にせかされて、俺は馬車に乗せられてしまうのだった。

 




 初めて乗った高速馬車の車内は、いままでに乗ったことのある乗合馬車とはずいぶんと違っていた。


「これは……二人乗りですか」

「積載人数を最小限とすることで軽量化を実現しているのです」

「うわ、このシート凄いですね。革張りですか」

「多少濡れても拭けばすぐに綺麗になるからお手入れが簡単です。それに見てください。ここのレバーを押すと、フルフラットになりますから」

「うわぁ。すごいですね。これで横になっていると疲れないで目的地に行けそうですね」

「ああ。まさにご休憩ってやつですね。ハハハ」


 男爵が車内を説明してくれているが、俺はいくつか気になることがあった。


「この馬車ですが……私の座る方の窓が嵌め殺しになっているようですね」

「ええ。そちらの席は軽量化などの都合から窓が開かない仕様になっています」

「それに、この窓ガラスですが……随分と分厚いように思えるのですが」

「ええ。特別性の強化ガラスですから、どのような事故であってもヒビが入ることはありません」

「少々……息苦しいように思えるのですが」

「ええ。騒音対策を施しています。気密性の高さゆえに、相当の音を出しても外に音が聞こえることはないと思います」


 さすがは高速馬車だ。

 何に備えているかは不明だが、ここまで高性能だとは驚きだ。

 俺は思わず驚嘆の声をあげた。


「はぁ~そういうものなのですね」

「高速馬車とはそういうものなのですよ」


 ナルアスキー男爵はそういうと、御者に声をかけた。

「タゴサク! 出発します! 鍵をかけなさい!」

 

 そうして、俺とナルアスキー男爵の二人だけが乗っている馬車は、外から施錠がされて出発したのだった。






■■あとがき■■

2021.12.14

 ここから先は書き溜めのない未知の領域。

 毎日更新がんばるぞ!


 ~妖怪ネオッチーに敗北したらすみません~

 

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