第8話 貴族の男

 全ての財産が入った革袋を宿に置き忘れていた。


 その事実に俺が気が付いたのは、逃亡してからだいぶ時間が経ってからのことだった。


 まさか、いまさら「忘れ物してました。テヘペロ」などと宿に戻れるわけがない。

 俺は泣く泣く全財産をあきらめたのだった。



「ああぁー。都会は恐ろしいところだべ。オラさ、もう田舎に帰りてぇ」

 俺の口から泣き言が漏れてしまうが、これはもうしょうがないことだろう。

 もはや武とか心底どうでもいい感じだ。

 田舎の山奥で人目につかぬように生涯を終えたいという思いしかない。


 なんせ、領都に入ってわずか一日にして、"聖女"という天職を賜るという辱めをうけ、全財産を喪失してしまったのだ。

 都会とはなんと恐ろしい場所なのだろうか!


(実家で畑をやっているときに突如として現れた五メートルを超える熊。あれと殴り合ったときの方が全然楽だった……)


 トボトボと歩いているうちに、大聖堂の前に来ていたのだった。

 落ち込んでいる俺に、昨日受付をしていた修道女シスターが声をかけてきたのだった。


「ムーラチッハさん、もう時間ギリギリですよ!」

「ふぇぇ! オネショなんてしてないです!」

 動転して口走ってしまった俺に対して、いぶかしげに修道女シスターが話を続ける。


「オ、オネ……? そんなことよりも、司祭さまが車止めでお待ちです。すぐにご案内します!」


(そういえば、すっかり忘れていたが"神託の儀"の直後に、司祭から「明日正午に聖堂前にお越しください」と言われていたのだった……)


 正直、どうでもよいとおもっていたが、律義に言うことを聞いてしまうのが田舎者だ。

 俺は、修道女シスターに連れられるがままに案内をされたのだった。



---------------



 修道女シスターに案内されて車止めにつくと、二台の馬車と三人の人物が待っていた。

 人物のうちの二人は既に見知った人物だった。


 一人は、昨日"神授の儀"でお会いした司祭。

 そしてもう一人は、"聖女の従者"の天職を授かっていた女性だった。


 しかし、最後の一人は、見たことのない男性だった。

 貴族風の格好をしているのもそうだが、俺に多少劣る程度のガタイの良さに、特徴的なチョビ髭。


 それに、俺は今までに貴族とお会いしたことなど一度もない。

 一度でも会っていたら、忘れることはなさそうだが……。


 困惑する俺に対して、その貴族の男は握手を求めるように右手を差し出しながら名乗ったのだった。

 

「王都までアテンドすることになった、ピエール=ガッチム=ナルアスキー男爵だ。よろしく頼む」






■■あとがき■■

2021.12.13

 書いていて感動するぐらい頭つかってないです。

 スルスル書けますが、品質保証なしというのが最大の難点。

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