予定外の奇襲

「適当に飯にでもするか」


 拠点に戻って来るなり、誠はそう言いだした。

 食料や飲み物には限りがある。朝から3食正しく食べることは出来ない上に、人数が増えた事でなおの事切り詰めていかなければすぐに食料も底を尽きてしまう。


 食品がその他の配給は月に1回程度。しかもいつ配給されるかは未定だった。

 国内外からの救援物資に当面の目星がついた時にしか配給は行われないため、食事に関しては非常にシビアな状況にあるのは否めない。


 保存に適した水や缶詰がどうしてもメインになってしまう。

 最近では一本で十分な栄養価が得られる食品も作られているため、一食をそれで賄う事も多い。


 誠が先ほど貰って来た配給袋からはパンの缶詰を取り出し、以前の配給で残っていた缶詰を3つ、そして水を2本持ってきた。


「真紀さん、お水二人で分ける感じでいい?」

「え、えぇ」


 美裕が手にした水を、ベコベコになってしまった軍隊用のコップに分けて、ペットボトルの方を真紀に手渡す。


「いつか昔みたいに腹いっぱい食いてぇなぁ……」


 オイル漬けにされた缶詰の魚を口に放り込みながら、ため息交じりにケイが呟くと誰もが頷くばかりだ。

 仕方が無いと分かっていても、それでも満足に食べることも安心して寝ることさえもままならないのは、心身に堪えるものだ。


「人間の三大欲求、睡眠、食欲、性欲。この三つは人間が生きていく上で外せないものだって言われてるくらいだからね。その欲求を奪われたら人が人でなくなってしまう。こんな時代にさせたのも、それらを無くそうとした科学者の薬が元凶だもんな」

「って言うかさ、いつも思うんだけど、その科学者は一体何のために三大欲求を無くそうと思ったんだろうね?」


 美裕が思うのは、誰しもが一度は考える事だったが、誰もが分からない答えのない質問でしかなかった。逆を言えば色んな答えがあり、どれが正解で間違いなのかはそれを作った本人以外の誰にも分かる事ではない。


「もしその薬が普通に出回っていたとしたら、今だったら飢えと睡眠不足で安易に使う人が後を絶たないかもしれないわね……」

「それ、想像したら凄い怖いかも。だってそれを使う事で皆何にもせずにただそこにいるだけなんでしょ? 違法性薬物と同じくらい危険だよね」


 そんな光景を思い浮かべるだけでゾッとする、と言わんばかりに美裕がそう言うと、誰もが大きく頷くばかりだった。


「でも腹いっぱいたまには食いてぇ……」

「分かる……」


 すっかり空になった缶詰を前に、ケイは長いため息を吐いた。

 するとその時外から男性の悲鳴が響き、四人は弾かれるように傍に置いてあった自分の武器を素早く手に持った。


 傾いたビルのヒビが入って濁っているガラス越しに様子を見ると、まだ陽も高いと言うのに暗殺鬼が男性を追い回している姿が見えた。

 ドロドロに腐り、融けかかった皮膚を引きずり、露骨に見える歪んだ骨。自らの肉片をまき散らしながら男を追いかける姿はさながらゾンビだ。

 体中に毛が生え、動きが速いところを見ると、彼は元人間ではなく元何かの動物のようだ。


「うへぇ……。久し振りに明るいところで見るけど、やっぱりきっしょ~」


 ケイは緊張感があるのかないのか分からない悪態をつきながら、愛用しているマグナムを握り締める。


「のんびりそこで見学してないで助けに行くぞ!」

「はいよ」


 誠と美裕、そして真紀が外へ向かうのに対し、ケイは壊れかけた窓ガラスの隙間から銃口を構えて殺人鬼の頭部を狙う。


「くっそ。ちょこまか動くなっての」


 うまくスコープに収まらないのは仕方がない。早く誠たちが足止めをしてくれない限り照準に捕らえることは難しいのは言うまでもない。


「早くしてくれよ~っと……」


 ペロッと唇を舐めながら、ケイは照準を睨み続ける。






「ひ、ひぃいいいぃっ!!」


 追い回されていた男性は足元の瓦礫に足を取られ、前のめりに派手に転んだ。

 勢いあまり、そのままゴロゴロと転がってしまうが、すぐに頭を上げて自分を追いかけて来る暗殺鬼を青ざめた顔で見上げた。


「た、助けてくれぇええぇぇぇっ!!」

「グルルルルル……」


 男性は頭を両手で頭を抱え、大粒の涙を流しながら土下座でもするかのように顔を地面に埋める。だが、相手は人ならざる者。ましてや正真正銘の動物である以上、そんな言葉が通用するわけがない。


 剥きだした骨やギョロギョロしている大きな血走った眼玉をした獣は、悪臭放つ息を吐きながら、大きく一声鳴くと巨大な口をぱっくりと開き、目の前にいる男を頭から食う勢いで襲い掛かった。


 その瞬間、ヒュッという音を立てて男と獣の間に矢が突き刺さった。


 突然の事に一瞬怯んで動きを止めた獣に対し、今度は横から長い棒が大きくしなりながら両手に組み上げられた長刀を握り締め、重心を低く構えた美裕の武器が獣の体を地面から上空へ掬い上げた。


 獣の体が地面から離れ、身動きが取れなくなった瞬間を狙いパーンと言う破裂音が響き、ケイの放った銃が獣のこめかみを打ち抜く。更に下から誠が抜いた刀で獣の頭と胴体が綺麗に切り離され、断絶された命はぐしゃりと地面に叩き落ちてほどなく、動かなくなった。

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暗闇の暗殺者 陰東 愛香音 @Aomami

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