複雑な思い

「ってわけで、彼女も俺らの仲間に加えることにしたんだ。いいだろ?」


 翌朝。ケイたちは真紀を連れて自衛隊本部に顔を出した。

 自衛隊の本部は、彼らが占拠先に選んでいたあの廃ビルのある場所の隣町にある。朝早くに向かい、昼近くにはやって来れる距離だ。

 自衛隊本部と聞けば立派なものを想像しがちだが、このご時世そんな贅沢が出来るはずもなく、ケイたちの占拠している建物と同様に崩れた建物の一室を利用している。部屋にはいかつい顔をした中年男性の鬼寺大佐と、瘦身の優しそうな雰囲気を持つ男性補佐官が一人いるだけで他に誰もいない。他の部下たちは皆、地方などに散らばりそれぞれ人命救助に向かっているためだ。


 事情を聞いた鬼寺大佐は一つ唸って頷く。


「なるほど。事情は分かった。……だが、大丈夫なのか?」


 改めて確かめるようにぎょろりとした目で見る鬼寺大佐に、真紀は手を胸の前で握り締め力強く頷き返した。


「大丈夫です。この5年、私は殺人鬼たちから逃げ切って来ました。もし迎え撃つ武器を頂けるのなら、きっとお役にたって見せます」

「ほう。ずいぶんと頼もしい事だ」


 そう言うと鬼寺大佐は補佐官に声をかけ、後ろの扉の鍵を開けさせた。

 鬼寺大佐が座る椅子の後ろには奥に続く部屋があり、そこにはあらゆる武器が貯蔵されているが、許可なくして立ち入ることは出来なくなっているのだ。


「君が扱えるものがあるなら持って行くといい」

「ありがとうございます」


 真紀が頭を下げて、ケイたちと共に奥の部屋に向かうと中にはあらゆる武器が所狭しと置かれていた。どれも全て軍で使っていたものがほとんどだが、そうではない物も置いてある。

 ケイたちはすでに武器を持っているが、久し振りに入ったこの部屋の中の物を見て回ると欲しくなるものがあった。


「うわマジか! スナイパーライフルだってよ! 俺がコンバインとマグナムを貰った時はこんなんなかったぞ!」

「威力はありそうだな。遠距離も狙えそうだ」

「おいおい、誠見てみろよ! こっちにもごっついやつ置いてあるぞ!」


 数々の武器を前に興奮するのは、さすがは男たちと言うべきだろうか。賑やかに騒ぐ二人をよそに、美裕は真紀と一緒に銃でも日本刀でもないものを見て回っていた。


「美裕ちゃんは長刀なのね?」

「うん。威力はあんまりないけど、相手を薙ぎ払ったりするのは出来るしあたしには向いてたから。これも持ち歩きに大変だから折りたたみが出来るように改造してもらったんだ。真紀さんは何か得意なことってあるの?」

「私は……そうね……」


 真紀は何気なく目の前の棚の片隅に立てかけられていた武器に目を向けた。

 細くしなやかで、真紀の身長をも越える大きさの弓だった。


「……私は、弓……かしら」

「弓? したことあるの?」

「昔少しだけね。それに他の武器は私には扱えそうにないものばかりだもの」


 男性が扱うような重厚な造りをした銃であったり、長剣であったりと日本特有の武器だけではなく西洋の物も取り揃えられている。だが、そのどれもが知識のない女性には扱えるような代物ではなかった。


「これだったら援護も出来ると思うの」

「確かに! じゃあ真紀さんの武器は弓で決定だね!」


 真紀は弓を握り締めてこくりと頷いた。



              *****



「新しい仲間が増えたんだ。改めて任務について説明しよう。君たち四人には主に人命救助を優先に動いてもらう。その中であの殺人鬼たちが現れる原因となった薬品についての情報が無いかを探り、最終的にはその薬品の確実な処分をすることだ。その中で、今回仲間に入った望月隊員の家族の消息が分かり次第、君たちで考えて対処するように。一刻も早く、以前のような暮らしを取り戻すため、人々の安寧を取り戻すため尽力してほしい」

「了解」

「そしてもう一つ。これは望月隊員に伝えておこう。もうすでに分かっていると思うが、この指揮下に入ったからという理由だけではなく、このご時世可能な限り自分の身は自分で守ってほしい。本来なら我々軍人が守る立場にあるべきなのだが、人手が足りずに守ると言う事に対しては殊更脆弱な面があると言う事を理解して頂きたい」


 言わずもがな、それは誰の身にも染みている事だ。

 少しでも武道に長けているなど、一般の人よりも力がある人間は自ら武器を手に守る側に回るのは必然と言うべきだろう。

 真紀は大佐の言葉に深く頷き返すと、「後日望月隊員の矢の追加分は占拠先に届ける」と付け加えられて四人は本部を後にした。

 

「そんじゃあまずは俺らがどうしているのかを説明しとくか。とりあえず、昼間は奴らの動きはほとんどないから、昼の内に情報収集に行ってるんだ。まだ避難できていない人がどこにどれだけいるか、とかな。人が多く集まっているような場所にやつらは寄って行きやすい。だから迅速に動かなきゃいけない場合もある。タイムリミットは今の時期17時ってところだろう。それ以降は殺人鬼の動きも活発になってくるからな」


 占拠先に引き返しながら、誠は真紀に自分たちが日頃どんな活動をどのようにしているのか説明し、ケイと美裕はそんな彼らの後ろをついて歩いていた。

 真剣に相槌を打っている真紀と誠の様子をどこか面白くなさそうに見つめている美裕に、ケイは両手を頭の後ろに組んだ状態で視線だけで見ている。


「お前、何か怒ってんの?」

「は?」


 唐突にそう訊ねられた美裕は睨むようにケイを見上げてきた。

 いつものような凄みのある睨みだったが、もはや彼にとっては慣れたもの。ただひょいと肩をすくめて見せるだけで動じる様子もなかった。

 美裕はムスッとした表情のまま再び前を向く。


「何でよ」

「機嫌悪そ~じゃん?」

「別に悪くないけど」

「やだ~目つき悪いおブス顔~」

「うるさいっ!!」

「いっ……!?」


 からかえば、美裕は隣を歩くケイの脇腹に容赦ないパンチをお見舞いする。そしてフンッと鼻を鳴らすと謝ることもなくさっさと誠たちの後を追いかけていく。

 あからさまに態度に出ているくせに、そこを指摘されるとこうして当たり散らすのは勘弁してほしいと思わずにいられない。


「……くそぉ、暴力女」


 ズキズキと痛む脇腹を押さえながら、涙目になったケイは呻くように呟いた。

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