第13話 境島署のいちばん長い日11
「特別区内に……誘導」
しんとした事務室内に茫然と誰かが呟いた。
「あんな化け物を……?」
ユリウスが抱えていたちびドラゴンがきゅう、と鳴き、ユリウスははっと顔を上げた。
「あの……私が、やります」
幹部全員がユリウスを見つめる。
「親は恐らくこの子を探しているんじゃないかと思うんです。だから……」
「具体案も無しに軽率な言動は慎んでください。ガーランド君」
地域課長の杉本がぴしゃりと言い放ち、ユリウスは口を噤んで俯いた。
重苦しい空気が立ち込め、居心地の悪い沈黙が暫し続いた。
「ふ、副署長、生安課長からお電話です……」
電話交換の女性職員が恐る恐るといった具合に声を掛け、川嶋が即座に受話器に手を掛けた。
コールが鳴る瞬間には既に川嶋の受話器は上がっていた。
「川嶋です。おう、足柄か。今どこだ? ああ、そうか。もうすぐ着くって所だな……ああ? 管理センターに? おう。じゃあ電話でこっちに随時報告してくれや、ああ……? ガーランド? ああ、いるよ。皆いるからスピーカーにするからよ。おう、代われ」
ずい、と川嶋に受話器を差し出されて、ユリウスは困惑しながらも受け取った。
「え……!? あ、はい! もしもしガーランドです!」
『もしもし、ユリちゃん。大変だったね。話は緒方課長と江田島から聞いたよ。それは紛れもなく飛龍種の幼体だ。生まれたてだからそのサイズだが、ひと月もすれば大型犬くらいになっちまう。でな、間違いなく親は連れ去られた子供を探してる。ぶっちゃけ、かなりヤバイ事態だ。飛龍の成体は火球とかは出せねえが、ドラゴンの膂力は半端ねえ。お前も見ただろ?』
あの時、遠目だったが、送電鉄塔が無惨にひしゃげ倒れたのを思い出してユリウスは身震いした。
「でも、猟友会から有効な装備は此方では使えないと先程連絡が……」
『分かってる。それはこっちで何とかする。だけんど、【境界線】までおびき寄せねえとどうにもならねえ。ドラゴンは鼻は悪いが、耳はべらぼうに良いんだ。幼体の【声】を聞かせれば奴はおびき寄せられるはずだ』
「声……ですか……」
足柄の声に全員が真剣な表情で耳を傾ける。
『【龍】自体の出没が百年ぶりだ。管理センターには相応の装備があるがそれを引っ張り出すのに時間がかかるそうだ。俺は直接センターに行って面倒な手続きをちゃっちゃと済ませてくる。すまねえが【境界線】まで何とか辿り着いてくれ』
【境界線】いわゆる特別区との国境である。境島警察署から境界線までは5km以上はあった。
「そんな事、どうやって……」
その時である。署の玄関に但馬と毒島が興奮したように入ってきた。
「も~! 何アレほんとヤバいね! 毒島ちゃん見た!?」
「見ましたよ。マジで写真撮っておけばよかった」
「防災無線のアナウンスなかったらマジヤバかったな~。戻ってくるかと思ったもんアイツ」
二人が玄関口から地域課の事務室に入り、其処に流れる空気にようやく気付いた。
「え……何みんなどうしたの……?」
但馬が帽子を取りながら恐る恐る口を開いた。
「それです」
「それだ」
「それですね」
「それよ」
ユリウスと川嶋副署長、杉本地域課長、黒柳刑事課長が異口同音に発したのに、但馬達が気味悪げにたじろいだ。
ユリウスは抱えていたちびドラゴンを抱え上げ、しっかりと全員を見据えて言った。
「この子の鳴き声を、録音しましょう」
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