第12話 境島署のいちばん長い日10

 数分前。会計課事務室にて。


 青ざめてへたり込んだユリウスを見て慌てる緒方からピヨ♪と間の抜けた着信音が鳴った。

 緒方がズボンの尻ポケットからスマートフォンを取り出して、画面を見て声を上げる。


「ガーランド君! ちょっと! 江田島さんからライン来たよ! 見てこれ!」


 オーガ族の手には些か小さすぎるスマホの画面がユリウスに向けられた。

 緒方はちびドラゴンの写真を江田島に送っていたようで、その返信が来たようだ。


『それは恐らく飛龍種の幼体です。実物を見るのは200年ぶりですが。育児放棄された個体ならば安全でしょうが、もし親から無理矢理引き離されたとなれば、大変なことになりますよ。それと既に私は3軒目なので署には行けません。悪しからず』


 というメッセージと共に、何とも緊張感の抜けたうさぎがビールジョッキを持っているスタンプが押されていた。


「江田島さんスタンプのチョイス最悪だな~」

「緒方課長……これ、かなり不味いですよね……親が滅茶苦茶怒ってるやつですよね……」


 お子さんお返しします。とのこのこ行って五体満足で帰れるほど温厚なお相手ではないのは先程の光景で嫌と言うほど理解している。


「江田島さんによると火を吐くとかそういうのは無いらしいけど、警杖と盾でどうにかなりそうな奴じゃなさそうだねえ……」

「それじゃ自分から進んでくる餌ですよ……あんな放置車両が無ければぁああ~」


 頭を抱えて唸るユリウスを気の毒そうに見つめていた緒方が何かを思い出したように手を叩いた。


「あ!!! 管理センター! 魔獣管理センターだ! あそこなら何か分かりそうじゃない!?」

「ああ……あのでっかいワンコの……」


 以前管理センターから逃げ出した成牛くらいある犬(正式にはケー・シーという魔獣なのだが)の件で魔獣管理センターの事はよく知っていた。ガーランド内の様々な魔獣や植物の生態調査や管理を行っている。


「とりあえず、課長たちに相談してみます。ありがとうございました。後でリードとハーネスお返しします」


 ユリウスはちびドラゴンを抱えると、会計課を後にした。


  ̄ ̄ ̄ ̄

 そして、未だかつて経験した事の無い事案に杉本地域課長と黒柳刑事課長がバチバチに火花を散らしている所に、思い切ってユリウスは声を掛けた。

 重大事案に殺気立った地域、刑事課長、副署長を前にユリウスは胸にちびドラゴンを抱きながら身を縮めるようにしながら彼等を見る。


「で、そいつがアレの子供だっていう根拠は?」


 黒柳刑事課長が眼差し鋭くユリウスに問う。


「緒方課長が、休暇中でしたが、江田島主任にこの子の写真を送ったところ、恐らく飛龍種の幼体ではないかと……」


 すかさず副署長の川嶋が警電を取り、何処かに掛け「おう、緒方。ちょっと来い」と短く言うとにべもなく受話器を置いた。

 会計課の方からバタバタと緒方課長が小走りで来るのが視界の端に見えた。


「そいつは何処で見つけたんだった?」


 川嶋が低い声で問う。


「今朝、犬飼部長と向かった現場で見つけました。○○地内の畑の近くで放置されていた車両です。現場では気が付かなかったんですが、署に引き上げて来てからトランクの中で……たぶん、孵化したのではないかと……」


 しん、と沈黙が場を支配した。きゅう、とちびドラゴンがユリウスに甘える声と外線のコール音だけが響く。


「杉本課長! 魔獣管理センターの方からお電話です!」


 電話交換の職員が声を上げる。杉本がすかさず自分のデスクの受話器を取った。


「境島署地域課の杉本と申します。はい……はい。ええ。そうです。此処にいます。生き物に詳しい職員が飛龍種の幼体ではないかと。ええ。そうですか……親は子を見つけるまでですか。ええ」


 不穏な言葉のオンパレードに、ユリウスは息を飲む。冷や汗か暑さなのか分からない汗が顎を伝い、ちびドラゴンが興味深げにべろりと舐めた。

 黒柳と川嶋もその会話を険しい表情で聞いていた。


「ええ、あるんですか。そのような……ええと専門の【猟友会】のようなものが。いえ、担当している足柄が不在でして。はい。分かりました。こちらからの要請書をお送りいたします。はい……」


 魔獣管理センターは専門の猟友会と連絡を取ってくれるらしい。ほんの少しだけ、安堵の空気が流れた時だった。


「ただ……? ええ……そうですか……分かりました。少々お待ちください」


 杉本が受話器を手のひらで抑えて、こちらを見た。


「要請書があれば、魔獣管理センターが専門の猟友会と連絡を取ってくれるようです。ただ、彼等の装備は条例によって『特別区外では使用できない』そうです。つまり、特別区内にアレを誘導しなくてはならないという事ですね」


 再び、絶望に似た重苦しい空気がユリウス達を包み込んだ。

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