第11話 境島署のいちばん長い日 9

 ≪♪~……境島市役所より、お知らせします。現在、境島市内に、飛行型の、巨大生物が出没しています。屋外にいる方は、大至急建物内に避難してください。繰り返します……≫


 のどかな街中に防災無線が響く。


 毒島と但馬は先程の男性を念のため救急隊に引き渡してから、本署に連絡を入れる為にパトカーへ乗り込んだ。

 無惨にひしゃげた送電鉄塔の周りには夥しい数の消防車や電力会社の車が集まっていて、隊員たちは困惑した表情でそれを見つめていた。


「こりゃあ、大変なことになっちゃったぞ……」


 汗だくの但馬がぼやきながらエンジンをかける。

 毒島が無線を入れるが一向に出ない。


「ダメっすね。多分向こうもてんやわんやなのかも」

「しゃーない。一回本署帰ろ」

「そうすね」


 二人を乗せたパトカーは、消防車の集団から離れて本署への帰途へ着いた。


  ̄ ̄ ̄ ̄

「役場に防災無線の連絡入れろ! それと来庁者は暫く此処にいてもらえ! 今外に出てるのは誰だ? すぐに連絡!」


 副署長の川嶋の下知が飛ぶ。地域課長と警務課長が鬼気迫る表情で警電の受話器を耳に当て話し続けていた。


「副署長」


 こめかみにガーゼを当てた黒柳刑事課長が川嶋の前に声を掛けた。


「おう、もう平気なのか」


 川嶋の言葉に黒柳が頷く。


「何ちゃあないです。今パチ検に行ってる生安課員全員呼び戻してます。足柄課長もすぐ本部から戻ると連絡がありました。警備課長も入校中で今いねえし、それまではこっちでやりますわ」

「そうか。悪いな。今非番員も全員呼んでるからよ。足柄がいりゃあ何か分かるんだろうがな」


 川嶋が眉間に一層深い皴を寄せて腕を組んだ。

 本来ならばこのような災害、防災に関しては警備課の所掌なのだが、現在警備課長は警察学校にて任用科と言われる長期の研修中であった。


「副署長。自衛隊はダメだそうです」


 杉本地域課長が警電の受話器を戻しながら言った。黒柳がやっぱりなと溜息を吐いた。


「駄目だろうな。住宅地で、尚且つ鳥獣の類だ。害獣駆除になんか出て来てくれねえよ」


 その言葉に杉本が眼鏡の奥の眦を鋭くして口を開いた。


「しかしあんな生物は前例がありません。猟友会だってあんな物を駆除した事はないでしょう?」

「前例なんか常に変わるもんだ。だが体制はそうそう変わらんさ。分かりきった事だ。だから無い知恵を振り絞ってやるしかねえのよ。どうせ本部も現場で対応しろって返事だろ」

「……その通りです、が、まずは住民の安全を最優先するべきかと」

「安全安全って言うがな。その方向性を定めなきゃ話にならんぞ。避難するべきか、しない方が良いのか、既にもう問い合わせが殺到してやがる。杉本よ。時間はないが、焦って判断を誤っちゃいけねえ。俺たちに間違いは許されねぇんだ。解ってんだろ」


 諭すような黒柳の低い声が、事務室に響いた。杉本は眼鏡を直しながらふう、と深呼吸をすると、黒柳をみつめた。


「解ってます。刑事時代に貴方に嫌と言うほど聞かされましたから。ありがとうございます。黒柳『班長』」

「いいって事よハチ公」

「その綽名はやめてください」


 冷静沈着怜悧冷徹な監察室出身の若手ホープ と噂される杉本が、若い頃に警部補だった黒柳にゴリゴリにしごかれ刑事としてのイロハを叩き込まれたのは、ベテラン達の間では有名である。

 だがその綽名が何処から由来するのかは、ごく限られた者しか知らない。


「あの……」


 緊迫した空気を打ち破るかのように、か細く戸惑いに満ちた声が二人の間を断ち割った。


「どうしましたガーランド君」

「ユリちゃん、なにそのでっかいトカゲ」


 杉本と黒柳がでっかいトカゲを抱えて身を縮めるユリウスを見つめた。


「この子、もしかしたらあのドラゴンの子供なんじゃないかと……」

「は?」


 なんとも言えない沈黙が、場を包み込んでいた。

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