第14話 境島署のいちばん長い日12

「署内のICレコーダー全部持って来させろ!」


 川嶋副署長のその一声で、 にわかに署内全体が騒がしくなった。丁度決裁を貰いに来たであろう刑事課員がバタバタと階段を駆け上がっていき、地域課員達が杉本地域課長の下知で慌ただしく動く。

 各課に備品として備わっているレコーダーが揃い、何処で録音するかという問題が出てきたが、ユリウスが何かを思いついたかのように顔を上げた。


「保護室はどうでしょうか……?」


 保護室とは一般的には泥酔者やその他異常な挙動をする者などを一時的に保護収容するための施設で、通称トラ箱とも呼ばれることもある。


「確かに。防音効いてるからねあそこ」


 但馬が頷いた。保護室は大声や奇声を上げる保護対象などの為に防音設備もしっかりしており、耐衝撃性に優れたガラスも使われている。


「じゃあガーランド君と但馬班長、録音作業お願いします。毒島部長は何人か連れて署の駐車場にバリケードを。気休めかも知れませんが、やれる事は全てやりましょう」


 杉本の指示に3人が頷いた。そこに、丁度給油から帰ってきた犬飼が目を白黒させながら慌ただしい署内を見て言った。


「え、え? 何かあったんすか……?」


 突っ立っている犬飼に副署長の檄が飛んだ。


「犬飼! オメェの図体でぼさっと立ってんじゃねえ! 毒島の事手伝ってこい!」

「ひぇ! ハイ!」


 その声に犬飼が慌てて毒島の後を追う。毒島が「お前、あんな大騒ぎになってんのによく戻って来れたなぁ」と呆れたような声で言い、犬飼が「え、マジで何があったんすか先輩!」と毒島に問う声が事務室に響いた。


 保護室の中に入ったユリウス達はどうやってちびドラゴンの声を録音するか悩んでいた。


「うーん、どうしようかなあ」


 ユリウスに抱っこされたままご機嫌に甘えるちびドラゴンを見ながら但馬が顎をかいた。


「かなりユリちゃんに懐いてるし……ちょっと俺がだっこしてみようか」

「そうですね……よーし、ちょっとゴメンねえ」


 甘えているちびドラゴンの両脇を持つと、そのまま但馬に手渡す。「重たっ!!!」という声と共に但馬が制服の胸に抱っこした時だった。


「ビャァアアアアアアアア!」


 まるで母親を求める赤子の様な絶叫が室内に響き、思わず二人は仰け反った。鼓膜を震わせるほどのその声は人間の赤ん坊よりも凶悪な音量で二人を襲った。


「うるっさ!……じゃないユリちゃん早く録音して!」

「あっ、はい!」


 但馬の腕の中で暴れるちびドラゴンにほんの少し胸を痛めながらユリウスはICレコーダーのスイッチを入れた。


  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

「……と言うわけで、一刻も早く県の方に動いてもらわないかんのですよ。既に署の方は動き出してます」


 ユリウス達がICレコーダーにてんやわんやになっている頃、境島市庁舎にて、ハーフリング族で、生活安全課長の足柄警部はその小さな体躯からは想像できないほどの気迫で、ずらりと議会室に座るスーツ姿の男達を睨み付けていた。

 全員が、市議会議員であり、奥に座るのが境島市長であった。


「しかしねえ。県条例で特別区で所持する武器、又はそれに準ずるものは此方では使えないと……」


 議員の一人である初老の男が溜息を吐きながら足柄を見て言った。


「それは対人用の武器ではありません。古来は害獣駆除を目的としたものです」


 足柄がぎろりとそちらを見て黙らせる。


「自衛隊は動かないのか。そっちの方がいいんじゃないかね」


 もう一人の議員が手を挙げる。


「自衛隊は害獣駆除には動きません。それに対象が住宅街に移動する可能性もあります。仮に、あらゆる決裁をクリアして、自衛隊が動いたとしても到底間に合わんでしょうな。ああ、ちょいと失礼」


 140cmに満たない小柄な身体が椅子の上で立ち上がり、私物のタブレットを全員に向けて再生した。SNSの動画にアップされたドラゴンの映像が流れ始める。

 凄まじい咆哮と共に、羽ばたくドラゴン、無残にひしゃげて倒れる送電鉄塔。


「お分かりですか!? この映像は偽物でも何でもない! 今現在起きている事です! 既に公共物に被害が出とるのですよ!!数百年姿を現さなかったドラゴンの一種が今、この境島市に現れたんです。アンタらにはこれが唯のデカいトカゲにでも見えるって言うのか!? 早く県の承認を得ないと、次は送電鉄塔だけじゃ済まなくなるぞ」


 鬼気迫る足柄の説得に、議会室は静まり返った。

 その沈黙を破るかのように、一人が口を開く。


「判りました。最大級の警報を出すように通達しましょう。県の方には私が後で何とか説得します。だから足柄課長、すぐに手配をお願い致します」

「有難い。恩に着ます。市長」


 足柄は頭を下げると、すぐに議会室を後にした。

 そしてスマートフォンを取り、何処かへ通話する。


「ああ、足柄です。副署長。こっちはOKです。これから現地ですぐに手配を。ええ。わかりました」


 さあ、行くか。と足を踏み出そうとした時である。


「課長! 遅くなりました!」


 足柄の前に、外出していた生活安全課員達が息を切らせながら駆け寄ってきた。


「おう。来たか」


 軽く手を上げた足柄に、生活安全係長の有川がふくよかな顔を汗みずくにして言った。


「パチ検先からいち早く駆け付けたんですよ。課長がこっちにいるって聞いて」


 隣のゴブリン族の権田原巡査長が「行きがけの車中からヤツを見まシタ。国道を北上するように飛んでイタ」と伝えた。


「課長、俺たちも一緒に行きますよ」


 課員の一人が前に進み出た。皆、悲壮感など全く無い、何処か晴れ晴れとした表情で頷いた。


「よし。あのデカブツをとっ捕まえるぞ」

「どうやってですか?」


 その言葉に足柄はにやりと笑う。


「秘密兵器を使うのよ。さぁて行くぞ。やる事ぁ沢山ある」


 小柄な背中は、まるでこれから戦地へ向かうダビデの如き激しい闘気に溢れていた。

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