第9話 境島署のいちばん長い日7

 その時「マジで殉職すると思った」と、のちに二人は語る。


 凄まじい咆哮が止むと、それはぎろりと下を睨みつけ、そのまま大きな翼を羽ばたたかせ始めた。

 羽ばたきは周りの木々を揺らすほどの風を生み出し、まるで台風の中にいるかのようだ。


 怪獣は一際大きく羽ばたき身体を沈み込ませると、

 鉄骨がひしゃげる音と共に、青空へ一直線に飛んでいった。


「飛んだ!!!」


 但馬が叫んだ時には既に怪獣は姿を消していた。

 ひしゃげて傾いた無残な鉄塔を残したまま。

 ギギギ、と嫌な音に毒島がハッと気づいて大声を上げた。


「やばいやばい! 倒れる!」


 羽ばたいた衝撃で根元の鉄骨が折れたのか、送電鉄塔がゆっくりと傾いてゆく。向こうに倒れていくが、それは付随している高圧電線も引っ張られていくという事だ。


「旦那さん!! 逃げるよ!! 起きて!」


 但馬が未だ腰を抜かしている男性の腕を取るが、彼は口をぱくぱくとさせて、顔面蒼白で座り込んだままだ。

 鉄骨がひしゃげて悲鳴を上げる不気味な音が響く。もう猶予はない。


「旦那さんちょっとゴメンね!」

「よし! パトカーまで走れ!」


 毒島が人間離れした膂力で男性の身体を小脇に抱えて走り出し、但馬がその後に続く。

 全力でその場から走り出す。但馬が後ろを振り返る、木々をなぎ倒しながら鉄塔が倒れ、送電線が火花を散らすのを見て背筋が凍る。

 パトカーの近くまで来ると、荒い息を整える暇もなく、但馬は無線機を取った。


「至急至急! 境島2からI 県本部、境島! 正体不明の巨大な生物は○○地内の送電鉄塔から飛び立ち、その衝撃で鉄塔が倒壊!繰り返す、送電鉄塔の一つが倒壊! 至急消防要請願います!」



  ̄ ̄ ̄ ̄

「怪獣だ!」


 ユリウスが上げた声に驚いた緒方がこちらを見た。ちびドラゴンも同じように首を向ける。


「え~。何それ。ガーランド君……うわ! ホントだ!」


 緒方がその姿を認めた時、怪獣は大きく羽ばたき、飛び立った。


「何アレ……」


 茫然と緒方が呟く。その時、ぶつんと警察署全体の電気が消えた。

 暗くなった会計課の部屋に、ユリウスの無線機から但馬の声が聞こえ、慌ててボリュームを上げる。


≪至急至急! 境島2からI 県本部、境島! 正体不明の巨大な生物は○○地内の送電鉄塔から飛び立ち、その衝撃で鉄塔が倒壊!繰り返す、送電鉄塔の一つが倒壊! 至急消防要請願います!≫


 いつも飄々とした但馬の切羽詰まった声はただならぬ事態が起きている事を感じさせ、ユリウスは戦慄を覚えた。

 その時、境島署を始めとする近隣一帯が停電していたのだが、この時の彼等には未だ知り得なかった。


「うわー、停電かー! ゴメンねガーランド君ちょっと非常発電機動かしてくるから!」

「あ、はい!」


 施設の設備や備品に関する管理も会計課長たる緒方の仕事の一つでもある。言い換えれば、彼が署全体の設備の管理を担っているという事だ。非常時の対処や非常用の備品の場所など、彼が全てを知っている。


 にわかに署全体が騒然とし始める。二階から慌ただしく刑事課や警備課の署員が駆け降りてくる音が聞こえた。

 ユリウスもすぐに課長の元へ行かなければと思ったが、得体のしれない生物をここに置き去りにするわけにはいかない。


「首輪よりハーネスのが動きやすいかなあ。じっとしててくれよ~」


 ちびドラゴンは案外大人しくされるがままになってくれた。比較的すんなりとハーネスとリードを付けて、抱きかかえたまま部屋を出ようとした時であった。

 ドン!という音と共に建物全体を凄まじい揺れが襲った。


「うわっ!」


 あまりの衝撃にユリウスは倒れ込んだ。ちびドラゴン(仮)を抱っこしていたのでダイレクトに硬い床に尻をついてしまった為に酷く痛んだが、腕の中にいるそれは無邪気にユリウスの頬を舐めた。


「いてて、大丈夫? 地震かな…ッ」


 顔を上げた時、ユリウスは全身を凍り付かせた。

 ひゅ、と息が漏れ出て、ぶわりと脂汗が噴き出るのを感じた。

 ごつごつとした鱗と、ぎょろりとした黄色い瞳が、窓いっぱいに映っていた。

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